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―22―
どきっとなって、無意識にリーゼは目を伏せた。 頬に軽く押されたお別れのキスを、叔母はたぶん窓から見ていたのだ。
ぎこちなくなった空気を感じ取って、グレーテは声を和らげた。
「だから、責めてるんじゃないよ。 恋は構わない。 でも、相手の本心はしっかりと見極めなさいよ。 あんたが悲しい思いをするのは、私も辛いから」
やっぱり誰が見ても不釣合いなんだ。 リーゼは有頂天になりかけた心に、ふっと常識の風が吹き込むのを感じた。
そうだ、落ち着かなきゃ。 頬にキスぐらいで浮かれていてはいけない。 まだ友達でいい。 慎重に行こう。 ちゃんとしたレディーらしく。
静かに夜は更けていった。 通りの店々は次々と表戸を閉めて灯りを消したが、前のカフェだけは十時を過ぎても人の出入りがあり、地面から遠い屋根裏部屋にも、かすかにダンス音楽が流れてきた。
髪を編み上げてナイトキャップを被った後、リーゼは窓辺にうずくまって、通りの向こうを熱心に見つめた。
向かいの窓は開いたままだった。 中は暗い。 あれからヴァルは食事に行って、まだ帰ってきていないらしかった。
――また明日って言った。 たぶん明日の晩もそう言ってくれる。 ねえ、ヴァル、どうして私を護ってくれるの? 普通の、どこにでもいる下町娘なのに――
たまたま退屈していたから? 話し相手が欲しかったせい? 窓に肘をついていろいろ考えていると、不意に視線の先にヴァルが現れた。
まったく突然だったので、リーゼは逃げるチャンスを失ってしまった。 ネルの寝巻きにレース付きのキャップという格好で、窓に寄りかかって男性の部屋を眺めているなんて…… 真っ赤になって、リーゼはよろけながら立ち上がった。
リーゼを認めたとたん、外出着のまま、ヴァルはバルコニーに急いで出てきた。 そして、白い手袋をはめた手を掲げて、大きく振った。
嬉しそうだ、と、リーゼは感じ取った。 喜びがすらりとした全身からにじみ出ていて、背の高い姿が一段と大きく見えた。
胸がふわっと広がった。 ヴァルは寂しいんだ。 財産はあっても孤独で、気にかけてくれる人を求めているんだ。
そうとわかったら遠慮はいらない。 リーゼは片手では足りず、両手を頭の上に伸ばして、明るい笑顔で振り返した。
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