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表紙

金の声・鉛の道
―19―


 西の空が藍色にたそがれていくのを見ながら、リーゼはわざとゆっくり歩いた。 少しでもイェーガー青年と歩く時間を長くしたかったのだ。
「プラーターはどんなでした?」
「ああ、相も変わらずです。 広くて、馬がたくさんいて」
それから、ぽつりと付け加えた。
「戦争中とは思えないほどのどかでしたね」
「戦争って言っても、国の外れだし、それに、オーストリア軍はサルディニア軍の三倍もいるんでしょう? 楽勝じゃないんですか?」
 ボンネットを揺らして、リーゼは無邪気に尋ねた。 するとイェーガーはわずかに口を尖らせ、困ったように微笑した。
「向こうは援軍を取り込んだんですよ。 フランスの精鋭部隊が出発したそうです」
 リーゼは腹が立った。 何かというと邪魔しに来るフランスが、また今度も! 小さな拳を握りしめると、リーゼは吐き捨てるように言った。
「そんなの何人来たって、わが軍が蹴散らしますわ。 そうでしょう?」
「そう願います。 心から」
 真面目な口調で、イェーガーは答えた。


 その後は、もう少し楽しい話題になった。 若いシュトラウスが去年発表したポルカが、明るくてとても好きだということで、二人の意見が一致した。
「アンネン・ポルカよりトリッチ・トラッチ・ポルカのほうが、うきうきしていいですね」
「僕の部屋の下でも、みんなよく踊っていますよ。 楽しそうだ」
 あなたは踊らないの?――睫毛の下から、リーゼはちらっとイェーガーの横顔を窺った。 ちょうどそのときイェーガーは、混雑した道路をジグザグに走ってきた馬車を避けるために、革手袋をはめた手を伸ばしてリーゼの手を取り、斜めに道を横切った。
 素早く、優雅な身のこなしだった。 道を渡り終わるとすぐに、彼は礼儀正しく握った手を離したが、革を通して伝わった温もりは、残り少ない道のりの間、リーゼの心を密かに燃やし続けた。


 下宿の裏口まで送り届けると、イェーガーは立ち止まり、当然のことのように言った。
「じゃ、また明日」
「ありがとうございました。 素敵なエスコートでしたわ」
「僕こそ楽しかった。 明日もできれば歌を一曲聞かせてくれると嬉しいです。 それでは」
 帽子に手をかけて一礼してから、イェーガーは静かに去って行った。









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