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―17―
翌日の火曜日、リーゼは蔦模様のアウトラインを縫っている最中、何度も指に針を刺してしまった。
隣りで大輪の薔薇を仕上げていた先輩のハイデマリーが、三度目ぐらいから目を動かして、ちらちら睨むようになった。
「リーゼ、気をつけてよ。 血が布についたら台無しになるんだから」
「すいません」
あわててハンカチを出して、リーゼは指の先をぬぐった。 ハイデマリーは刺繍糸を赤から灰色に取り替え、影の部分に取り掛かった。
「珍しく上の空ね。 エリーがいなくなったのがそんなに寂しい?」
「いえ……」
リーゼは言葉を濁した。 目の前の針目に集中しようとするのだが、どうしても思いが勝手にさまよい、帰り道のことを考えてしまう。 本当にイェーガーさんは迎えに来てくれるだろうか。 それとも、一晩経ったら昨日の気まぐれなんか忘れてしまい、姿を見せないで終わりだろうか。
「リーゼ!」
鋭い声が響いて、リーゼははっと我に返った。
「緑の花作ってどうするの!」
びっくりして手元を見ると、ガクだけでなく蕾まで濃い緑色の糸で縫ってしまっていた。
その後は反省して気持ちを落ち着けたため、午後の仕事はうまくいった。
やがて夕陽が工場の窓を染め、終業時間が近づいてきた。 ボーイフレンドが多いことで有名なレナーテが、安っぽい作りの指輪を出してきて、これ見よがしに右手に嵌めた。
「ほら! この石大きいでしょう。 ビアホフさんがくれたのよ。 本物のトパーズですって!」
後ろからチラッと覗きこんで、ハイデマリーが無造作に言い放った。
「色合いがトパーズと違う。 それはただの黄水晶よ」
「そんなことないわ! ビアホフさんは手広く商売してて、アクセサリーの売り買いだってやってるんだから。 鑑定を間違うはずないわよ」
「じゃ質屋に持ってってごらん。 本物かどうか三分でわかる」
一瞬言葉に詰まって、レナーテは小粋な顔をくしゃくしゃにした。
「意地悪ね。 いいわよ、私が本物だと信じれば済むことだもの」
急いで帰り支度をしながら、リーゼは言い合いを聞くともなく小耳に挟んでいた。 すると、ハイデマリーが振り向いて、不意に質問してきた。
「ねえリーゼ、あんただったら、本物だけど小粒な指輪と、偽物でも派手で目立つ指輪、どっちを選ぶ?」
リーゼは迷わずに答えた。
「小さくても本物がいいわ。 本物をくれる人には真心があると思うから」
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