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―16―
だいたい今日ぐらいの時間にいつも帰っています、とリーゼは青年に告げ、笑みを交わしあって別れた。
仕事帰りで疲れているはずなのに、飛ぶ足取りで戻ってきた姪を見て、グレーテは頭を振り振り呟いた。
「若いっていいねえ。 日が落ちてもそんなに元気で」
その晩は、下宿人たちがばらばらに帰宅して、夕食を用意したり片付けたりするのに手間取った。
グレーテの下宿が週日に出すのは、軽い朝食と夕食だけだ。 昼は職場や学校の近くで食べるか、または割増料金を払って弁当をグレーテに作ってもらうかの、どちらかだった。
ようやく、一番遅かったダンサーのロジーナが食事を終えて、ほっとしてリーゼが時計を見ると、もう九時を過ぎていた。 妹のベアータは夜の部に出演するので、晩御飯は要らないとのことだった。
ロジーナはご機嫌だった。
「今夜のターフェルシュビッツ(=牛肉と野菜の煮込み)、すごくおいしかったわ、おばさん」
おばさんと呼びかけられたグレーテは、わずかに顔をほころばせて赤毛の娘に目を細めてみせた。
「腹いっぱい詰め込んだかい? 踊ると疲れるからね、たっぷり栄養を取るんだよ」
「そりゃもう、コルセットがはじけるくらいに」
陽気に答えると、ロジーナは腹部を押さえてキャッキャと笑った。 この姉妹は根っから明るい。 ゾフィー夫人は彼女たちを好きではなさそうだが、リーゼは、それにグレーテも、気さくで人のいいバウマン姉妹に好意を持っていた。
テーブルの上を片づけて皿を洗い、あちこち戸締まりをして台所の火を消したときは、既に十時を大きく回っていた。
叔母におやすみのキスをしてから、リーゼはいつものように階段を上っていった。
その途中で、昨夜心に浮かんだことが、不意に思い出された。
――なんか胸がむずむずして落ち着かなかった。 あれは予感だったのかしら。 あの人が来る、私の前に突然現れるっていう……
ほんとに不意だった。 まるで気まぐれな春風のよう。
ああ、明日から、仕事帰りが楽しみだわ!――
まだほとんど何も起こってはいない。 だが、歯車は回り始めていた。 リーゼの知らないところで、遠い輪廻の歯車が。
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