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表紙

金の声・鉛の道
―15―


 カフェ『マリツキー』には、もう煌々と灯りがついて、オレンジ色の光が道に溢れ出していた。
 中には大勢の人がたむろしているのが垣間見える。 フロアでは、もう踊る人影がちらちらしていた。
 金の蔦を描いたガラス扉より少し手前に、宿泊客用の木製ドアがあった。 そのドア近くでリーゼは立ち止まり、イェーガー青年に別れを告げた。
「お話できて楽しかったです。 それじゃ」
 考え深い眼で、イェーガーはリーゼを眺めた。
「こちらこそ相手をしてくださってありがとう。 休暇中なので、暇を持てあましているんですよ。 明日はプラーターのほうにでも行ってみようかと思っています」
「いいですね、休暇なんて」
 心からうらやましそうにリーゼは呟き、くったくのない笑顔を浮かべた。 その顔から目を離さずに、青年はふと思いついたことを口にした。
「明日もリンクに寄りますか? あそこは人通りが少なくて、ちょっと危ないですよ。 ここからそんなに遠くないし、よかったら迎えに行きましょうか」


 えっ? あっけに取られて、リーゼは返事に詰まった。
 送り狼、という言葉が、チラッとひらめいた。 だが、困ったことに、全然嫌な気分にならなかった。 この人なら下心があってもいいかな、と、すぐ思ってしまった。
 肩をもぞもぞさせて姿勢を正してから、リーゼは小声で答えた。
「嬉しいですわ。 でも、そんなにお手数をかけさせては……」
 イェーガーのほうは、ほっとして肩の力を抜いた。 唐突に言い出しすぎたと後悔していた様子だった。
「いいんです、もちろん。 さっきも言った通り、時間をもてあましていますし、ここには知り合いがいないのでつまらないんです」
 そこで彼は、初めて笑った。 まっすぐな口元がほころぶと、よく揃った歯並みが僅かに見え、清々しい印象が更に強まった。
 しかし、そこに明るさはなかった。 笑顔なのに寂しい風か吹き抜けるような、哀愁の影があった。











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