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―121―
「ヨーゼルブルク先生は、確かウィーンの郊外で引退生活を送っているはずだわ。 夜が明けたら、先生に会いに行ってきます。 そして一筆書いてもらうわ。 本当はヴァルをどう評価したか」
「その評価を、私に渡して」
ザビーネは、命令口調で言った。
「あなたが直〔じか〕に大尉に見せたんじゃ、恩を売ったことになるわ。 私が知らせます。 それが条件よ」
リーゼは一瞬、言い返そうとしたが諦め、黙ってうなずいた。
不安でぶつぶつ呟きながら、馬車の回りをせわしなく歩き回っていたビットナーは、闇に見紛う黒い姿が小路から現れたので、ほっとして心からの笑顔になった。
「心配しましたよ! で? どうでした?」
リーゼは小走りに近寄り、思いつめた眼差しで、御者を見上げた。
「いたわ、彼は中に」
「やっぱり」
ビットナーは歯噛みした。
「とっ捕まってるんですか?」
「軟禁状態。 どちらも意地になっていて、取り返しのつかないことになりかけてるわ」
「取り返しがつかないって、マダムの旦那さんを勝手に向こうが横取りしようとしてるんじゃないですか!」
憤懣やるかたない様子で、ビットナーが小さく叫んだ。
「シッ、静かに。 一つだけ手段があるの」
声を低くして、ビットナーが訊き返した。
「何ですか?」
「救いを求めるの、郊外に住んでるある人に。 ねえ、ピアニストのマックス・ヨーゼルブルクが引退した後どこに住んでいるか、わかる?」
「調べましょう。 いつまでに?」
「できるだけ早く。 明日の午前中に」
「やってみます」
ビットナーは鼻息荒く請け負った。
夜の森閑とした道を、馬車はスピードを上げて引き返した。 部屋に帰りつくと、リーゼは埃のついた服のままで机に座り、アイメルトに伝言を走り書きした。
『親愛なるマルティン
人の命にかかわる急用ができました。
申し訳ないけれど、今日のリハーサルは休ませてください。 夜の本公演には必ず間に合わせますから。
これから、郊外に行ってきます。
あなたの友 リーゼ』
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