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表紙

金の声・鉛の道
―120―


 ごくゆっくりと、ザビーネの肩が持上がった。
「なんなの、それは? 何かの罠?」
「罠にかけるようなことはしないわ、私は」
 私は、という部分をやや強調して、リーゼは言い返した。
「さっきのヴァルの話が聞こえたなら、あの人を打ちのめした宣告も聞いたはず」
「ああ、ピアノのことね。 あんな言われ方をされたら、私ならその先生の指にピアノの蓋を落としてやる」
 我の強いザビーネなら本当にやりそうだった。
「そう。 ひどい批評だわ。 それに、間違ってる。
 私はヴァルのピアノを何度も聴いたわ。 熱の入らない弾き方だったけど、それでもうっとりするほど美しかった。 彼には凄い才能があるのよ。 ひいき目じゃなく、本当に」
 思い出の世界に飛び帰って、リーゼの瞳がいきいきと輝いた。
「ヨーゼルブルク先生の批評は、悪意か、または理由があってわざとねじ曲げたものよ。 私はこれから行って、先生の本心を聞いてくるわ。 ヴァルが真のピアニストだと認めてもらう。 もし断わるようなら、もっと耳のある大ピアニストを連れてきて、演奏を聞いてもらうわ」
「それで?」
 音楽にはうといらしく、ザビーネは話の筋がよくわからないようだった。
 きょとんとしているザビーネに、リーゼは辛抱強く説明した。
「ピアノは、子供時代のヴァルのすべてだったの。 自分の値打ちを知って、昔のようにのびのびと弾けるようになれば、彼の世界は大きく変わるでしょう。 家を盛り立てて、海軍での出世を望むようになるかもしれない。 他の若い貴族たちのように」


 ザビーネは、ようやく要点を悟った。
「つまり、生きがいを取り戻すってわけね?」
「ええ、そうよ」
「それでもう、あなたに憧れなくなるのね」
 ええ、もしかしたら、そうなるかも――リーゼの胸が、短剣で突かれたように鋭く痛んだ。









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