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表紙

金の声・鉛の道
―12―


 その日の仕事場は物足りなかった。
 帰り道は、もっと寂しかった。 いつも横にいるエルミーラと賑やかにしゃべりながら歩くのが習慣になっていたからだ。


 エルミーラが恋人と街を出ていったことを職工長に話すと、彼はフンと息を一つ吐いて言った。
「給料を貰ったとたんにトンズラか。 金の切れ目が男との縁の切れ目にならなきゃいいがな」
 カスパルはそんな人じゃありません、とリーゼは力説したが、職工長は鼻で笑ってせかせかと去って行った。 後味が悪かった。


 いろいろ思い浮かべると、自然に足の運びが遅くなる。 リーゼは珍しくしょんぼりして、狭い通りを右に曲がった。
 一陣の突風が埃を巻き上げ、家の鎧戸を揺らした。
 同時に、バンドネオンの伴奏で歌う声がはっきりと聞こえてきた。
「幸せだったあの頃
ふたりは抱き合って踊った♪」
 はっとして、リーゼは耳をそばだてた。 あの曲の二番だ!

「星は淡くまたたき
川面に影を映した


どこへ消えた あの水は あの風は
そして ふたりの初めての恋は♪」
「わかった!」
 たちまちリーゼは憂さを忘れた。 土曜日に聞いた一番は完全に覚えている。 歌は一度聴けば忘れないのだ。
「ええと、リンクリンク」
 すぐ歌ってみたい。 リーゼは軽々とした足取りで、いつもの道を逸れて町外れに向かった。


 その夕方は、よく晴れていた。 太陽はウィーンの広大な森を赤く照らし、一日最後の光をできるだけ華やかにしようと頑張っていた。
 おとといのことがあるから、ちょっぴり用心して、リーゼはできるだけ開けた見晴らしのいい土手の上に立ち、息を吸った。
 さあ、最初からだ!
「若かったあの頃
ふたりは河岸を歩いた」
 今日は声がよく伸びる。 空気が乾いているからだろうか。 ご機嫌になって、リーゼは歌い続けた。
 一番は明るく、二番はやや回顧調に、雰囲気を出すように調節して、リーゼは柔らかいビブラートで歌い終えた。


 満足してニコッと笑ったとき、どこからか拍手が聞こえた。









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