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表紙

金の声・鉛の道
―11―


 あっけに取られて、リーゼの足は止まってしまった。
「……駆け落ち?」
「シッ」
 エルミーラは、身を揉むようにして小声になった。
「大きな声出さないで。 傍の道からお父さんがヒョコッと首を出しそうで、さっきから心臓がガタガタなんだから」
「でも、昨日の今日で……」
 なんという早業! 駆け落ちしてしまえとけしかけたくせに、リーゼは頭が混乱して、灰色の石畳に足を取られそうになった。
 うつむいて早足で前を急ぎながら、エルミーラは説明した。
「あなたが賛成してくれたってカスパルに言ったら、それじゃすぐに行こう、とっくに準備はできてるからって」
 女友達にしゃべったらすぐ噂になって仲を引き裂かれる、ばれないうちに逃げなきゃ、とせきたてられたことは、言わないでおいた。
 リーゼは、当事者以上にあたふたしていた。
「彼の準備はいいかもしれないけど、あなたは? 着替えやお金を持っていかなくちゃならないし、泊まるところだって決めてないんでしょう?」
 答えの代わりに、エルミーラは腋の下に挟んでいた包みをチラッと見せた。 ケープでうまく隠していたのだ。
「これが身の回りのもの。 行くところは大体決まってるの。 カスパルしか知らないけど」
 ずっと待っていたのだろう。 デッサウ通りの角から、不意にカスパルの姿が現れた。 彼はほっそりしていたが肩幅は広く、横一文字に結んだ口は、真面目さと頑固さを同時に表していた。
 あまり口を開けずに、カスパルは帽子を少し動かしてリーゼに挨拶した。
「やあ、話は聞いたろ?」
「ええ、本気なのね」
 心配そうに尋ねるリーゼに、カスパルはきっぱりと頷いた。
「これ以上の本気はないさ。 半年もエリーに言い続けてたんだ。 出ていくしかないって」
 リーゼは唇を噛んだ。 エルミーラは親友だし、大事な仕事仲間だ。 いなくなったら寂しくなる。 だが、二人の幸せのためなら……
「うまく逃げてね。 落ち着いたら手紙で知らせて。 お父さんに知られるのが心配なら、住所は書かなくていいから」
「ええ、ええ! きっと書くわ!」
 涙で目を一杯にして、エルミーラはリーゼに抱きついた。
「工場に何て言う?」
 ぎゅっと抱き返しながら、リーゼは尋ねた。 エルミーラの代わりにカスパルが答えた。
「結婚して他所の街に住むことになりました、と言ってくれ。 全部本当のことだから」


 間もなく恋人たちは、手をつないで朝の街に消えていった。 仕事に行く人々が脇道から出てきて次々と寄り集まり、太い列を作り始めていた。 その人ごみの中を縫って歩いていく二人の、躍るような後ろ姿には、羽が生えているようにリーゼには見えた。








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