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表紙

金の声・鉛の道
―117―


 壁に額をつけたまま、リーゼは乱れる考えを懸命にまとめようとした。
――ヴァルはずっと、やりたくないことばかりやらされてきたんだ。 その上に、望まない結婚まで押しつけられそうになって、もう爆発寸前だ。
 将軍が手を回せば、私との結婚届は無効にできるかもしれない。 でも、それは、貧者からたった一頭しかいない子羊を取り上げるようなものだ――
 「上官と対等にやれることは、何だと思う?」
 上で、ヴァルが見張りに訊いていた。 見張りは首をひねった。
「さあ、なんでしょう?」
「それは、手袋を投げつけることだ」


 バルコニーの上と下で、二人の人間が息を詰まらせた。
 見張りの声量が、ぐっと落ちた。
「それって……決闘を申し込むってことですか?」
「その通りだ」
 ヴァルは、むしろ明るく答えた。
「将軍に勝つチャンスがあるとしたら、決闘だけだ。 そして、閣下は受けて立つしかない。 断わったら卑怯者と呼ばれるから」
「なんと大胆な」
 喉から嘆声を押し出して、見張りは足を踏み代えた。
「しかし、ほんとに度胸がいい方だ。 軍隊はお嫌いなようですが、大尉殿は軍人向きじゃないかと思います」
「そうかな。 一度もそう思ったことはないが」
 ヴァルの声も低くなった。
「今夜は特に冷えるな。 後ろで暖炉を焚いていても、指先が凍えてきた。 ここを閉めるから、窓の内側に入りなさい」
「いや、しかし……」
「わたしを逃がせと言ってるわけじゃない。 中で見張っていれば同じことだろう。 命令だ。 入れ」
「……すみません」
 数秒後、掃き出し窓が小さくきしみながら閉じる音がした。



 リーゼはくるりと体を返し、背中で壁にもたれて大きく深呼吸した。 気温のせいだけではなく、全身が小刻みに震えた。
――今度こそ、あの人を失ってしまう。 それも、あの人の敵ではなく、彼の値打ちを認めている者の手で! こんな馬鹿なことが、あっていいの?――
 途方に暮れて、ぼんやり上げた目の先で、別の部屋の窓が動いた。
 リーゼは、はっとして視線を凝らした。 それは、ヴァルの軟禁された部屋から三つ左に離れた窓だった。









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