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表紙

金の声・鉛の道
―115―


「将軍はわたしに、あの人と別れろと言うんだ」
 怒りを通り越して、むしろ淡々とした口調で、ヴァルは言った。
「何もわかっていない。 彼女に会わなかったら、そもそもわたしはここにいないはずなんだから」
「よそへ行ったってことですか?」
 体を叩いて寒さをしのぎながら、見張りが聞き返した。 するとヴァルは、ふっと笑った。
「そうだよ。 ピストル一発でね」


 下の暗闇で、リーゼの眼が激しく揺れた。
 心は更に動揺した。 ピストルって……拳銃自殺……?


 見張りは、たしなめるように言った。
「自殺は罪ですよ」
「人から生きがいを取り上げるのは、罪じゃないっていうのか?」
 ヴァルの声が、わずかに高くなった。
「わたしは六歳のときからピアノを弾いていた。 十二歳からはバハマン先生に教えてもらえた。 母の後押しでね。
 あの頃は、鍵盤の前に坐るだけで幸せだった。 母が亡くなったときも、ピアノを弾いて乗り切った。 だが父は、音楽なんか止めろ、家代々の伝統を継いで海軍に入れという。 入らなければ追い出すと言われて、それならピアノで食っていこうと初めて思った。 演奏旅行しないかという話が来ていたからね」
 カタンと、ガラスが小さな音を立てた。
「すると、父はヨーゼルブルクさんを連れてきた。 あの、超一流の演奏家だ。 彼は、わたしの演奏を聞いて、こう言ったんだ。
『そこそこの音楽家にはなるでしょうが、真の才能はありません』」


 リーゼは反射的に首を振った。
――いいえ、いいえ! そんなはずはない。 私は信じない! これまでたくさんのピアニストの演奏を聞いた。 でも、あなたほど美しい音を響かせる人はいなかった。 上品で、感動的で、まるで真珠の粒を並べたような、あなたの音……あの値打ちがわからない演奏家が、本当に超一流なの?――










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