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表紙

金の声・鉛の道
―114―


 ベンチの斜め後ろには、十六世紀ごろ流行った生垣の迷路が、小規模に作ってあった。 見つかりそうになったら、ここへ隠れられる。 リーゼは二分ほどかけて庭をよく見渡し、見えるものの位置関係を覚えておいた。

 空の半月はおぼろげで、しかも中天より西に下りかけていた。 S字型にうねった小道をたどって、リーゼはそっと母屋に近づいた。
 やがて見えてきたのは、大理石の広いテラスだった。 エプロンのように丸く縁を切り、三段の階段で囲んだ形にしている。 たしか、左へ行くと正面玄関があるはずた。 リーゼは当然、奥へ入る右の横道を採った。


 屋敷は、寝静まっているかに思えた。 十歩ほど建物に沿って進んだが、灯りは見えない。 深夜だから当然といえば当然だ。 だが、リーゼは屋敷全体が奇妙な緊張をはらんでいるのを感じた。
 気のせいじゃない。 誰かが息を潜めている。 強い北風が吹き抜けた後、溜め息と、コートをかき合わせる音とが、わずかに聞こえた。
 すぐリーゼは立ち止まった。 その音が、ほぼ真上から降ってきたからだ。 バルコニーの張り出しがあるから、発見されてはいないだろう。 でも、用心に越したことはなかった。
 上では馬のようにブルブルッと息を吐く音が続いた。
 窓が鈍い金属音を出して開いた。 そして、聞き慣れた声が、皮肉な響きを載せて話しかけた。
「寒いだろう。 そんなところで歩哨をする必要がどこにあるんだ?」



 いた!
 ここに、いてくれた……!


 安堵の呻きを漏らすまいとして、リーゼはマントの縁を噛み、固く眼をつぶって壁に寄りかかった。


 明るいテノールの声が、慌てて返事した。
「大事なお客様ですから危険のないようにと」
「外を見張らずに、中を向いて立っているのは何故だ?」
 ヴァルは、投げやりに笑った。
「まあ、君に怒っても仕方がないが。 明日、いや、厳密に言うともう今日だが、あと一日でわたしの休暇は終わる。 それが何を意味するか、君にわかるか?」
「いや、さあ……」
 見張りの男は口ごもった。 ヴァルを連れに来た海軍兵士の一人かもしれなかった。










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