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表紙

金の声・鉛の道
―113―


 リーゼは部屋へ行き、素早く地味でタイトな服に着替えた。 分厚い黒のヴェールと黒の手袋、それに、護身用の短剣も身につけた。
 階段をすべるように下りながら、次々と思いが巡った。
――ハルテンベルク中尉は、海軍の中でも有名だ。 それを捕らえるのは、あまりにも強引すぎるし、名前に傷をつけてしまう。 用事があったから呼び出したという形を取るはずだ。
 司令部には連れていけないだろう。 かと言って、人里離れた別荘などに隠すのは、更に危険だ。 逃げないように見張りが必要だし、誇り高いヴァルを怒らせるだけで、効果がない――
 あの広いアイブリンガー邸に連れていかれた、と、リーゼは推理した。 将軍も娘のザビーネも、リーゼが彼らの存在に気付いていることを知らない。 自分たちが疑われるなどとは、夢にも思っていないだろう。
 確たる証拠はどこにもない。 リーゼの勘であり、賭けだった。


 ユルゲン通りとシュヴァルツクロイツ通りの交わる角で、リーゼはそっと馬車を降りた。 時刻はもう真夜中の零時を回っていた。
 危険だからついていくと言い張るビットナーを、リーゼは説得した。
「あなたにはご両親がいるし、かわいい婚約者もいる。 私のごたごたに巻き込むわけにはいかないわ。
 それに、うまくヴァルが見つかったら、この馬車で急いで逃げなきゃ。 どこか目立たないところに置いて、待っていて」
「じゃあ」
 ビットナーはしぶしぶ周囲を見回し、夜の帳に埋もれた小さな礼拝堂を見つけた。
「あの横に空き地があります。 あそこにいますから、危なくなったらすぐ出てきてくださいよ」
「そうするわ。 じゃ、お願いね」



 昼間に一度しか来たことのない屋敷だったが、よく覚えていた。 街灯の光を頼りに、リーゼは長く続く垣根に添って歩き、裏門にたどり着いた。
 一週間前、身を隠して中のヴァルと令嬢を見た大きな木に、リーゼはしっかりと掴まった。 そして、低めの垣根に足をかけて登り、水平に伸びた大枝を伝って、一瞬ぶら下がった。
 庭の端に飛び降りても、音はしなかった。 子供時代におてんばで本当によかった、と思いながら、リーゼはキツネのように素早く、連なる植え込みに姿を隠した。










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