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―109―
長く優しいキスの後、二人は顔を寄せ合って、結婚証明書にサインした。
「これで認可を受ければ、もう怖いものなしだ」
インクが薄れないようにたっぷり使って名前を書いた後、ヴァルは証明書を書き物机にそっと置いた。
リーゼは彼の胴に腕を回し、目を閉じて胸に寄りかかった。
「これでもう、二度と離れないですむのね」
「ヨーロッパ一の歌姫を独り占めにしたと、非難轟々だろうな」
笑いを含んだ声が答えた。 リーゼはヴァルの首に手をかけて、柔らかく引き寄せた。、
「逆よ。 オーストリア一の凛々しい士官を誘惑したと、皆に焼き餅焼かれるわ」
唇が合ったとき、リーゼの脳裏をザビーネ・アイブリンガーの影がかすめた。
――形は違うけど、あの人の気持ちも愛だ。 耐え切れなくて自分から申し込み、ぴしゃりとはねつけられた怒りと屈辱はどれほどだったろう――
その結果が今度の事件だとは思いたくなかった。 しかし、海軍の影が背後にちらついているのは疑いようがないのだった。
翌朝、二人は早く起きてきちんと身づくろいをし、揃って市の役所へ許可を貰いに行った。
薄曇りだが、ウィーンの冬には珍しく気温が高めで、帰り道に寄った公園では、何人もの人が楽しそうにスケートに興じていた。
二人は腕を組んで、池のほとりをゆっくり歩いた。 普通の恋人ならとっくにやっている普通の散歩が、胸の震えるほど新鮮で嬉しかった。
「八年前を思い出すわ。 毎日朝と夕方、私を送ってくれたわね」
「あれが習慣になって、半年どころか一年後でも、朝起きると必ず思った。 君を迎えに行かなくちゃって……」
声が濁った。
「気を紛らすために、ピアノをまた弾き出したよ。 父も、今度は文句を言わなかった」
「前は止めろとおっしゃったの?」
「そうだ」
口の脇に深い皺が寄った。
「跡を継いで海軍に入ること。 父はそれしか認めなかった」
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