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表紙

金の声・鉛の道
―108―


 リーゼの胸が塞〔ふさ〕いだ。 誰かがレナーテの手紙を途中で盗んだのだ。
「あなたの身辺を調べている者がいるんだわ、きっと」
 辛うじてそれだけ言うと、意外にもヴァルはすぐ同意した。
「そうなんだ。 月曜日に気付いたんだが、ずっと尾行されていた。 だから、従僕のアッカートに素性を調べさせた。 驚いたことに、同じ海軍の水兵だったよ」
 リーゼは一瞬目をつぶった。
「軍の命令?」
「そんなことはないだろう」
 ヴァルは笑った。
「軍にはちゃんと訓練された調査用の組織がある。 あいつは素人同然だ」
 素人でも、レナーテや私の存在を探り当てた――リーゼは、最初に思いついた疑惑がいっそう深まるのを感じた。
「尾行は下手でも、きっと危険だわ。 投函した郵便は、彼らの手に落ちてしまうのよ。 だから今度の手紙はビットナーに頼んだの。 急いだためだけではなしに」
 ヴァルの表情が真面目になった。
「じゃ、敵は金と権力のある奴か?」
「たぶん」
「この前君とわたしが交わした手紙も、見られたと思う?」
「ええ。 そういえば」
 リーゼは立ち上がって書き物机に行き、封筒を取り出して持ってきた。
「この封蝋が融けている気がするの」
 赤い蝋に押した印が薄れているのを、ヴァルは眉を寄せてじっと見つめた。
「いったん開いてから、また温めて封緘したようだな」
「やっぱり」
 二人の目が合った。 不安の色が走った。 とたんに腕がお互いを求め合い、すがりついた。
「嫌だ! もう引き離されるのは絶対に!」
「私も! こんなに長い時を置いて、やっと逢えたんですもの。 離れたくない!」
「そんなことはさせないさ」
 激しく呟いて、ヴァルはコートの内懐からハンカチにくるんだものを引っ張り出した。 そして、花びらのようにそっと開いて、リーゼに見せた。
 リーゼは息を呑んだ。 それは、サファイアとダイヤを組み合わせた豪華な指輪だった。
 リーゼの左手を取って、ヴァルは指輪を静かに薬指にくぐらせた。
「ぴったりだ。 君の手を握ったとき、指輪の大きさを覚えておいたんだ」
「まあ、ヴァル……」
 椅子から床に膝を下ろすと、ヴァルはきらきら輝く眼でリーゼを見上げた。
「リーゼ・シュライバー嬢、わたしの妻になってくれるという光栄と幸せを与えてください」
 リーゼの呼吸が切れ切れになった。
「ヴァル」
「レナーテが亡くなったばかりだが、言わずにはいられない。 君なしの人生は考えられないんだ」
 一瞬しゃくり上げた後、リーゼは自分も床に膝をついて、ヴァルの首を抱き寄せ、涙ながらに囁いた。
「ありがとう。 本当に、本当に嬉しいわ」










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