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表紙

金の声・鉛の道
―105―


「あなたにはグルマン嬢を消す動機があると、匿名の手紙には書いてありました。 被害者の部屋を探せば、必ずその動機につながるものが見つかるはずだと言うんですがね。 さっきまで徹底的に探しましたが、特にそんなものは……」
 気まずく咳払いした後、デーデキント刑事はまた髭をひねり、しかめ面になった。
「警察への通報が遅れましてね。 被害者の命を救うことが先決で、そこまで気が回らなかったと、医者は言っとるんですよ。 で、我々が駆けつけたときには、既にグルマン嬢は息を引き取った後でした。
 それでも、医師によると、犯行は七時ちょっと前ぐらいだったと、被害者から聞いたそうです。 小柄な犯人で、黒覆面をしていて、物も言わずにいきなり刺してきたそうですが」
 小さな目が、注意深くリーゼを観察した。
「その時間、あなたはどこにおられましたか?」
「ここです」
 リーゼは重い声で答えた。
「六時過ぎに起きて、7時頃は朝食を取っていました」
「ほう、朝飯を。 お一人で?」
「はい、でも」
 すぐリーゼは思い当たった。
「下からマフィンとハムを運んでもらいましたわ。 普段は自分で用意するのですが、『マリツキー』のマダムが親切な方で、おいしい物が手に入ると、よくおすそ分けしてくれるんです。 昨日も、ハンプルクから上等なハムが届いたのでぜひにって、私にも下さいました」


 『マリツキー』の料理番や手伝いのマリアも、ハムを切って運んでいったことをはっきり覚えていた。 それが七時前後だというのも確かで、リーゼ自身が受け取ったのだから、犯行時間に現場へ行けるはずはなかった。

 『マリツキー』の調理場から戻ってきた刑事は、恐縮してさかんに額の汗を拭った。
「申し訳ない。 あなたのような有名な方をこんなことでわずらわせてしまって。
 料理人たちには、余計なことを言いふらさないように固く口止めしましたが、あの連中は噂好きですからなあ。 ご迷惑をかけるようでしたら、わたしに言ってください。 厳しく叱っておきますから」
「いえ、それより伺いたいんですが、匿名の手紙はどんな字でしたか?」
「は?」
 よく飲み込めない様子のデーデキントに、リーゼはペンと紙を持ってきて、ぎくしゃくとした字を書いてみせた。
「これに似てませんでした?」
 刑事は、紙をじっと見つめた。 そして、ポケットから封筒を取り出すと、中身をその字と見比べた。
 やがて、顔の奥に埋もれた目が、リーゼの真剣な眼差しとかち合った。
「どうして、この手紙の筆跡を知っとるんですか?」










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