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―103―
辻馬車に一人で乗り込んだとき、リーゼの心はほぼ真っ暗だった。 昔の仲間が目の前で命を落としたという衝撃と悲しみ。 その彼女が恋人を利用し、悩ませていたという苦い怒り。 そして、犯行の恐怖……。
だが、一筋の光明だけは、しっかりと捕らえていた。
――ヴァルが私の元を去ったのは、インチキ結婚が行なわれる前だ。 レナーテが言った通り、結婚証明書は保険にすぎない。 ヴァルを封じ込めておくための、第二の関門というだけだ――
世の中には裏がある。 身分違いの結婚は、夫に守る気がなければ、意外と簡単に破約にできるのだ。 金の力と、権力の後押しで。
仕立て屋で仮縫いをしている最中も、しばらくは上の空だった。 仕事で疲れているのだろうと気遣って、女主人のベルタはあまり話しかけず、そっとしておいてくれた。
そのおかげで、リーゼは事件についてじっくり考えることができた。
――強盗は、レナーテの胸を二回刺したそうだ。 なぜ? 相手は若い非力な娘なのに。 発見されたって、突き飛ばして逃げればいい――
これは初めから、殺人なのではないか。
そういう思いが、ようやくひらめいた。
仕立て屋にチップを払い、顔見知りのお針子たちと挨拶を交わして、リーゼはビットナーの待つ馬車置き場に行った。
だが、すぐには乗らず、扉を開けて立っているビットナーに、小声で話しかけた。
「あなたは馬車を操縦するだけじゃなく、馬に乗るのもすごく上手だそうね」
ビットナーは目を輝かせて、顎を上げた。
「はい。 子供の頃は競馬の騎手をやってましてね。 背が伸びすぎてお払い箱になったんですが」
「じゃ、駅舎を使って次々と馬を乗り換えて、できるだけ早く手紙を届けてもらえる? とても大事な用事なのよ。 郵便馬車には任せられないの」
「やりますとも! 貴方のためなら、火の中、水の中だって飛び込みますよ!」
珍しく、ビットナーは時代がかった物言いで、トンと胸を叩いてみせた。」
ビットナーが支度や手配をしている間に、リーゼは『マリツキー』の特別室で、言葉を選びながら手紙をしたためた。 そして、二度読み直した後、吸い取り紙でインクを落ち着かせ、渡された結婚証明書を同封してから、蝋で封印した。
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