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表紙

金の声・鉛の道
―102―


 声が一段と生気を失った。
「でもね、遊ぶだけじゃやっぱり飽きてくるのよ。 身を固めたくなったの。 一緒になりたい男の人が見つかって。
 それで一昨日、ハルテンブルクさんに直に手紙を出したわ。 ある程度慰謝料をくれたら、離婚に応じますって」
「慰謝料をほしいのは、彼のほうでしょうに」
 ハイデマリーが思わず呟いた。 だが、リーゼは他のことに気を取られていた。
――レナーテは何を言いたいの? 一昨日彼に手紙を出したって? そのすぐ後に強盗が入ったということは…… ――
「私馬鹿だったわ、ほんとに。 もう大丈夫だと思って、自宅の住所を書いてしまったの。 そうしたら、今朝押し込み強盗が…… ――
「顔を見た?」
と、ハイデマリーが尋ねた。 レナーテは目をつぶったまま、かすかに首を振った。
「黒いスカーフで隠してたわ。 背は低かった。 私ぐらい」
――ヴァルじゃない。 でも、彼が差し向けた密偵かもしれない。 そうは思いたくないけど、もし万一…… ――
 半ば放心状態になったリーゼの傍らで、レナーテは懸命に目を見開いた。
「リーゼ、ちゃんと確かめてね。 これがイェリネクの差し金で、ハルテンブルクさんが何も知らないなら、彼と幸せになって。
 でも、もし彼が暗殺を命じたのなら、愛を受け入れないで! 私は別れるつもりだったのよ。 これからもずっとお金を巻き上げようとしたんじゃない。 本気で彼を自由にするつもりだったんだから……」
 声が途切れた。 力が尽きたようだった。


 間もなく、レナーテは静かに息を引き取った。





 ハイデマリーが、後の手続を引き受けると言った。
「この子の友達は、たぶん私だけだから、最後まで面倒を見てやらなくちゃ」
 沈鬱に言うハイデマリーを、リーゼはそっと抱きしめた。 短く抱き返した後、ハイデマリーは真剣な顔になった。
「リーセ、あなたは早く帰りなさい。 ナースにはドクターが口止めすると思うけど、私も頼んでおくわ。 あなたがスキャンダルに巻き込まれないように」
 涙に濡れた目をこすって、ハイデマリーは嘆息した。
「あんなとんでもない告白をすると知ってたら、どんなに頼まれてもあなたを連れてきたりしなかったんだけど」







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