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表紙

金の声・鉛の道
―9―


 午後は、エルミーラが遊びに来たので、屋根裏部屋に上がってもらった。
 ベッドに並んで座って、足をぶらぶらさせながら話をしているうちに、突然エルミーラが泣き声になった。
「それでね、お給料の一部を上着の縁に縫い込んで隠しておいたの。 だって父さん何もかも取り上げようとするんだもの」
「わかるわ」
 同情をこめて、リーゼはエルミーラの荒れた手を取った。
「生活費の半分はあなたが出してるんだから、全部飲まれちゃ大変だわ」
「そうよ。 それに」
 エルミーラは小さくすすりあげた。
「カスパルがもう待てないって言うの。 今すぐにでも結婚したいって」
 カスパル・ドレーゼケはれんが職人だ。 まじめで口数の少ない青年で、エルミーラの幼なじみだった。
「だから私、隠したお金からまた少しだけ抜いて、結婚資金に貯めておいたのよ。 棚の奥の、板が剥がれかけたところに。 そうしたら……」
 つぶらな青い眼から、どっと涙が流れ出した。
「鼠が引いていって、巣を作っちゃったの。 お札がちぎれて、ボロボロに」
「まあ、かわいそうに」
 エルミーラを抱き寄せて慰めながら、リーゼはその様子を想像して、いくらかユーモラスな気分になった。
「今度からコインにしたら? あれなら持っていかないでしょう」
「そうね、そうする」
 小さく答えた後、エルミーラは肩を落としてうなだれた。
「俺の奥さんになってくれって、十二のときに申込まれたのよ。 もうじき六年になるわ。 私達、いつ一緒になれるのかしら」
 ほころんでいたリーゼの顔に影が射した。 父親のヴィリーが酒を飲みつづけ、妻子からなけなしの金を巻きあげ続ける限り、結婚なんて夢だ。
 口元をぎゅっと引き締めると、リーゼは身をかがめて口をエルミーラの耳に近づけた。
「ねえ、泣かないで、エリー。 カスパルがどんなにあなたを愛してるか、よく知ってるじゃない。 お父さんがあなたをぶとうとしたとき、殴りかかっていったの覚えてる? まだ十三か四で、こんなに小さかったのに」
「ええ」
 エルミーラは懸命にうなずいた。
「ほんとによくしてくれるわ。 だから逆に心苦しいの。 父さんがどうしても結婚を許してくれないんだもの。 辛抱強いカスパルだって、じれてくるわ。 最近じゃ、かけ……駆け落ちしようなんて言うの」
 気の弱いエルミーラには、考えられない冒険らしかった。 だが、リーゼは聞いたとたんに眼を輝かせた。
「エリー! そうしたら?」
「えっ?」
 仰天するエルミーラを、リーゼはいっそう強く抱きしめて揺すった。
「カスパルなら大丈夫よ。 真面目で腕のいい職人だもの。 それに、リンクを壊した後に建物をいっぱい建設する予定だから、れんが職人はこれから仕事がいくらでもあるわ!」
「でも……」
 エルミーラはしゃにむに顔を起こした。 眼には不安が満ちていた。
「母さんは? 掃除婦の稼ぎだけじゃ妹や弟を養っていけないわ。 それに、父さんも」
「妹のテアちゃんが働くでしょう。 もうじき十五だから。 エリー、あなたはこれまで頑張ってきたんだもの、もう幸せになっていい年頃よ」




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