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―8―
「今日はカツレツとじゃがいもサラダですよ」
早めに喜ばせてあげようと思って、リーゼは献立を教えた。 それから、ボルツが嬉しそうに手を揉み合わせている傍を通って、台所に入った。
合図の鐘を鳴らす前に、ボルツはテーブルについていた。 そして、かいがいしくサラダの取り分けを手伝ってくれた。
「すいませんねえ、気を遣ってもらっちゃって」
グレーテがそつなく言うと、ボルツは気恥ずかしそうに手を振った。
「いやいや、この方が早く食べられますからね」
「手を貸してくれるし、下宿代はきちんと払ってくださるし、ボルツさんは申し分の無い下宿人ですよ」
ドアを開けて入って来た若者を見て、グレーテはいくらか声を張り上げた。
学生のブロッホは、痩せた肩をすくめるようにしてテーブルを回り、リーゼに囁いた。
「僕が鐘を鳴らすよ」
ブロッホは、実家が貧しいせいで仕送りが遅れがちだ。 今月も終わりに近づいているが、まだ故郷から入金がないようだった。
手紙の代筆や市場の荷物運びをしてせっせと働いているのに、と、リーゼは気の毒に思い、笑顔でうなずいた。 少しでも役に立っているところを、叔母に見せなくちゃ。
スープをつぎながらリーゼがちらちら見ていると、ブロッホは大きな手で鐘の紐を掴んだ。 そこまではよかったが、勢いよく揺すぶりすぎて、二回鳴らしたところでプツッと結び目が切れた。
手にだらっと垂れ下がった紐を困った様子で眺めている若者に、グレーテは鋭く睨みをくれた。
「不器用な人ね。 ほら、鐘の釣り珠に孔があるから、そこに通して結んでちょうだい。 背が高いから届くでしょう?」
「あ、はい」
ブロッホは、ぎこちなく言われた通りにした。
残りの下宿人のうち、年金生活者のダヴィド夫人は杖をつきながら降りてきたが、ダンサーのロジーナとベアータ姉妹は食堂に来なかった。 春興業の舞台で、昼と夜の二回踊っているためだ。 ほとんど一日中出払っていて、帰ってこない夜もあった。
ダヴィド夫人は、うっすらと髭の生えた口にサラダを押し込みながら、不機嫌そうに言った。
「日曜だってのに、バウマン姉妹はまたいないの? あの二人、最近夜が遅いわね。 隣りだから、おちおち眠れやしない」
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