表紙
 part 3

 


  翌日からの仕事で、まきがなんとかダイナスティーの連中と打ち解けるようになったので、澄子はほっとした。
  実は昨夜、士朗と約束を交わしたのだ。 部屋を借りているマンション近くの交差点まで麻貴を送った際、士朗は短いがよくわかる描写でダイナスティーのメンバーについて話してくれた。
「ヨックはタラシに見えるが本当は固い。 逆にワンタは真面目そうで、手が早い。 気つけなきゃならないのはメンバーではワンタだけ。 それも無理にどうかしようとかいうやつじゃない。 なついてくるだけだから」
  なるほど――麻貴は心の中に一生懸命メモした。 まじめに反応してくる麻貴を、士朗はどこかおかしげに眺めた。
「優等生だよな」
  麻貴の眼が動いた。 とたんに士朗は車のドアを開き、ぼそっと言った。
「うまく立ち回れ、ナッスィーと。 そうしないと俺がずっと付きまとうことになっちゃうよ」
  反射的に、麻貴はうなずいてしまった。


  士朗がまきを助けに行ったという話を数日後に知って、澄子はとたんに彼を切った。 男慣れしてきたまきにはもう必要ないし、これ以上近づけるのはヤバイと、本能が教えたのだ。 それぐらい、素顔の須藤士朗には危うい魅力があった。

  しかし、同じ音楽関係の仕事をしていれば、接点は出てくる。 1ヶ月ほど後に、士朗の所属するバンド《セトル》と森住まきは、某チャンネルの音楽番組で一緒に出演することになった。
  士朗は《セトル》のリードギターだった。 こわいほどうまいと評判で、人気もあるが、決して表面に出ようとはしない。 バンドのリーダーはヴォーカルの賢治で、眉毛が文字通りつながっている山賊面だった。
  他の歌手たちと雛壇に並んで、麻貴は《セトル》の歌を聴いた。 意外に美しいメロディーだ。 隣りに座った仲良しのアイドル歌手樫埜〔かしの〕さつきが、こっそりささやいた。
「この曲、シロが作ったんだよ。 ほら、目の上まで帽子かぶってる人。 私好きなんだ」
  なぜかどきっとして、麻貴は聞き返した。
「曲が? それともシロ?」
  衣装の一部としてはめている草色の手袋で口を覆って、さつきは笑いを噛みころした。
「曲にきまってるじゃない! シロの素顔知らないよね。 なんで顔かくす! って言いたいほどきれいなんだよ。 だからもてるんだけど、冷たくて、一ヶ月以上もった女なんていないんだって」


  セットの裏で、麻貴は士朗とすれちがった。 他のバンドの連中に聞こえないよう、麻貴は小声でそっと言った。
「この間はありがとう」
  振り向かずに、口だけ動かして士朗は言った。
「《サンツェ》ってカフェ知ってるか?」
  それは麻布の外れにあって、若い芸能人がよく集うという小じゃれた店だった。 麻貴がかすかにうなずくと、さっさと歩いていく後に声だけ残った。
「10時から12時までは、そこにいる」

  誘われたのだということは、麻貴にもわかった。 放っておいていいのか、ずっと気になったが、仕事があるし、澄子にどう話したらいいかも分からない。 結局、黙って11時過ぎまで仕事を続けた。
  12時近くなって、ようやくラジオの仕事が終り、外に出ると珍しく霧が立ち込めていた。
「なんか、ムードあるね」
  あまり情緒と縁がなさそうな澄子が、珍しくしんみりと言った。
  霧が何かを運んできたのかもしれない。 まきは突然決心した。 そして澄子に早口で言った。
「近くに友達の家があるんです。 寄ってっていいですか?」
  澄子は驚いた。
「それは、いいけど。 もう自由時間だものね。 でも明日は5時起きよ。 これから友達ん家に行ったら徹夜になっちゃうよ」
「大丈夫です。 Mスタジオでしたよね。 独りで行けます」
「まあ、そう言うなら。 あんた仕事に穴あけたことないから」
  澄子は手を上げて、さっさと車に乗り込んだ。

  《サンツェ》についたときは、12時半を回っていた。 しかし、タクシーを降りて灯りのついた店を覗くと、窓横の席に、変なグラスをかけた士朗が座っているのが見えた。 周りには誰もいなかった。
  麻貴が店に入っていくと、ほぼ同時に士朗が立ち上がった。 麻貴は戸惑い、通路の真ん中へんで止まってしまった。
  脇をすり抜けながら、士朗は息でささやいて行った。
「レポーターみたいな奴いる。 なんか一杯飲んで、南の交差点まて来な」
 
  南はどっちだろう。 どこを見てもビルの繁華街で、麻貴は途方にくれて、思わずきょろきょろ視線を泳がせていた。
  すると、誰かの手がすっと肘に入った。 心臓が止まりそうになった。
  顔を上げると、士朗だった。 エスコートするのに慣れているらしい。 巧みに麻貴を誘導して、横道に止めてある車に向かった。
 
  車の横で足を止めると、士朗は帽子をずり上げて整った顔をしっとりした夜気にさらし、淡々と言った。
「乗るか? やめるか?」
  魔王にさらわれる村娘のような負の快感が、麻貴を襲った。 行って嘆くか、行かないで後悔するか… 麻貴は2歩士朗に近づき、一瞬のためらいの後、車に乗り込んだ。
 


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