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薫る春
63
幸い、本当に価値のある家宝は、空調の効いた保管庫に入っていて、外の蔵にあったのは二級品だった。
それでも、杉本が売り飛ばした品の総額は、相当なものになりそうだった。 紗都の父は、警察に届けるべきだと那賀子夫人に言ったが、夫人は首を振った。
「告訴したら、あの人は失うものがなくなって、泥仕合になりそうだから。
今度のことでは頭を痛めたけれど、そのおかげで、信頼の置ける立派な後継者が見つかったわ。 災い転じて福となす。 昔からの諺通りね」
そう言って、那賀子は江田と紗都を交互に眺め、ニッコリ笑った。
杉本の告白は録音しているし、美術品の盗みを認める念書も取ってあった。 これで杉本をおとなしくさせておくことができる。
「隠し金が貯まってるでしょうから、しばらく悪さはしないでしょう」
父はそう言うと、立ち上がって那賀子に頭を下げた。
「いろいろ大変な目に遭われて、お疲れ様でした。 わたしはこの辺で出しゃばるのを止めます。
それと、こいつは世間知らずの頼りない娘ですが、今後ともよろしくお願いいたします」
那賀子夫人も席を立ち、感謝を込めて答えた。
「何から何までお世話になっちゃって。 お嬢さんは素直でまっすぐで、いい方だわ。 こちらこそ、うちの甥を末永くよろしくお願いしますね」
後半は、紗都に向かって言われた言葉だった。 江田が夫人に気持ちを話したらしい。 紗都は額の生え際までポッと赤くなって、立ち上がってぎこちなくお辞儀した。
手を握ったままなのを忘れていて、江田までが引っ張り上げられる形になり、二人そろってペコッとしたため、弁護士の酒田が横を向いて笑いを噛み殺した。
溝口は大っぴらにニヤニヤしていた。 そして、江田と目が合うと、小声で冷やかした。
「おまえ達、気が合いすぎ。 ちょっとは離れなさいよ」
「いやー、なんか、こうしてると楽というか」
江田は、目をシパシパさせて答えた。
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風と樹と空と
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