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薫る春
62
この『お家騒動』にケリをつけたのは、紗都の父だった。
父は、都内の某所に杉本を連れて行き、翌日一杯滞在させて(カンヅメにした、ともいう)、すべてを白状させた。
その間に、秘書の高宮がDNA鑑定を手配した。 夕方に上がってきた鑑定結果は、那賀子夫人と杉本の遺伝子は関連が薄く、血縁関係とは認められず、というものだった。
「あの女はバカじゃないですからな」
火曜日の午後、吉崎邸へ報告に訪れた父は、離れの食堂でブランデー入りの紅茶をおいしそうに一口飲んだ。
周りには、事件に立ち会った人々が詰めかけて、耳をダンボにして聞き入っていた。 その場にいないのは、主犯の杉本と、逃げ帰った遠縁の連中だけだった。
「カッとなってしゃべった古美術の横流しだけでも、充分に窃盗罪で懲役刑になるぞ、と言ってやったら、なんとか取引に応じました」
それから、少し考えて付け加えた。
「まあ、完全ギブアップしたのは、血液鑑定の結果が出てからでしたが」
「なんで自分で調べなかったんでしょう?」
相変わらず紗都とくっついてソブァーに坐った江田が、首をひねった。
「さあ。 どこかに不安があったからじゃないかな。 もし違ったら、虫のいい夢が全部パーになってしまうという」
そう答えた後で、父は紗都に目を向けて、ニヤッとした。
「おまえ相当見くびられてるぞ。 本気で殺すつもりなんかなかったってよ。 まずシールを張り替えて、寝ぼけたおまえを隣りの部屋へ誘い込んでから、わざと布団をグサグサにしたんだと」
「なんでー?」
「脅すためだよ、もちろん。 腰抜かして、すぐ逃げ出すと思ったって」
ほんとにその通りだったので、紗都は下を向いてしまった。
「吉崎さんに言いつけに行くだろうと予想してたんだが、そこは外れたな。 逃げてる間に部屋を元通りに片づけて、おまえの信用を落とそうとたくらんだ。 残念ながら、江田くんへ助けを求めたってところが、杉本の計算違いだった」
紗都は江田と目を見合わせた。 助けを求めに行ったわけではなく、逃げる途中に偶然逢っただけなのだが、ともかく親切にしてもらったし、何より仲よくなれたのがラッキーだった。
ハァーっと息をついて、父は締めくくった。
「何にせよ、おまえが無事でよかったよ。 包丁持ち出したって杉本が言ったときには、血圧が五十は上がったぞ」
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風と樹と空と
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