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薫る春
61
やがて杉本の顔色が、ゆっくりと変わりはじめた。
「じゃ、何か? あたしがこの奥さんと半分きょうだいでも、何ひとつ請求できないってことかい?」
「法律上は、そうなるね」
怒りで縁の赤くなった目が斜め横に動き、、ギロッと江田を睨みつけた。
「で、全部この若造に?」
「そうだ」
「!」
その後の修羅場は、想像にお任せする。
逆上して怒鳴り、那賀子に詰め寄る杉本を、男たちが何とか取り押さえた。 その後、酒田が電話で溝口を呼んだ。
どこかで待機していたらしい溝口は、すぐに現れて、まだ吉崎家と那賀子を罵っている杉本を外に連れていった。 江田も二人に同行した。
大騒ぎの最中に、登貴枝はいつの間にかいなくなっていた。 巻き込まれるのが怖くなって、一目散に逃げ出したらしい。
紗都は、杉本を連行する男たちについて玄関に行こうとしたが、父に言われた。
「おまえ一応女だろ? 吉崎さんについていてあげなさい。 ショックだし、お疲れだろうから」
那賀子夫人は暗い表情で、悲しげだった。 紗都が引き返して傍に坐ると、寂しそうにゆっくりと呟いた。
「いい家政婦さんだったのよ。 気配りがよくて、てきぱきしていて」
「信用させようとしたんですね、きっと」
そう言ってから、紗都は夫人を慰めたくて付け加えた。
「でも、ほんとはそんなに悪い人じゃないかもしれないですね。 五年ちゃんと務めてて、泥棒はしてたけど、那賀子さんに気に入られてたんだから。 養子の話で、急に焦っちゃったんじゃないですか?」
「ずっと務めてもらいたかったのよ、私が生きている間。 独立したかったら、お店出すぐらいの退職金あげるつもりだったんだけど」
バカだなー、余計な欲こいて――紗都は何となく、杉本が哀れに思えてきた。
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風と樹と空と
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