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表紙

薫る春  60



 わめかれた当の那賀子夫人よりも、弁護士の酒田のほうがゾッとした様子で、いかにも不愉快そうな表情に変わった。
「なんという言葉遣いだ。 じゃ、蔵から消えた美術品は、あんたが持ち出したと思っていいんだね?」
 杉本は、ふてくされた顔で言い返した。
「どうせ調べりゃわかることだろう。 そうだよ。
 旦那が生きてた頃は手が出せなかったが、死んだときに整理してから後は放りっぱなしになってたからさ」
 目が凄味を帯びた。
「それで、似たような安物と、どんどんすりかえてたのさ。 金目の品を全部運び出したら、ばれないように火つけて全部燃やして、ついでに保険金も取ろうか、なーんてね」
 傍で登貴枝がオロオロしているのを観察しながら、江田が紗都に囁いた。
「盗んだ美術品を売った金で、親戚たちを仲間に入れてたんじゃないか?」
「ああ、そっか」
 それで三家族とも杉本の味方についたんだ。 紗都はやっと納得がいった。
 弁護士が、眼鏡の下からジロリと杉本を睨んだ。
「保険金? あんたの手に入る金じゃないよ」
「そうかな」
 杉本は平然と首を上げていた。
「あたしの母さんは、この」
と、那賀子夫人に横目をくれて、
「ぜいたく女の実家でお手伝いをしてたんだ。 そこを首になって、半年後にあたしが生まれた。 どういうことか、わかるだろ?」
「わからないね」
 酒田も普通に答えた。
「あんたが吉崎さんの血縁かどうかは、証拠がなければ認められない。 そして、この点が重要なところだが、たとえ万一そうだとしても、兄弟姉妹には遺産の遺留分はないんだ」


 杉本は、少しの間反応を見せなかった。 何を言われたのか、よく理解できなかったのかもしれない。








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