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表紙

薫る春  58



 再び同じメンツで出発した一行は、車を回して荻窪に向かった。
 屋敷では、杉本と登貴枝が表門の前まで迎えに出ていた。 杉本はともかく、登貴枝は初めからそわそわしていて、大型車が横付けされるのを見たとたん、顔色を変えた。
 まず秘書の高宮が下りて、丁重に後部ドアを開いた。 中から、紗都や江田に混じって恰幅のいい紳士(つまり紗都の父さん)が下りてきたため、杉本までが身構えた。
 最後に、那賀子がのんびりと降車した。 彼女を守る壁のように、酒田と江田、それに紗都の父が周りを取り巻いた。
 杉本が、小さく咳払いしてから声を出した。
「お帰りなさいませ。 心配しましたよ」
「なんともなくて、よかったですー」
 登貴枝が蜜のような甘い調子で言った。 那賀子夫人は淡々と答えた。
「ええ、無事よ。 偶然お知り合いに会ってね、ちょっと寄ってくださることになったの。 さあ、中に入りましょう。 立ち話も何だから」

 並木道を通っていく間、紗都は父たちを前にやって、わざと遅れてついていった。 もちろん江田と一緒だ。 二人はまた、ギュッと手を握り合っていた。
 一同が玄関から上がり、重厚な和室の客間に落ち着いてすぐ、杉本はお茶の支度に行こうとした。
 それを、きりっとした声で、酒田が止めた。
「おもてなしは要りません。 それより、ここへ坐ってください」
「え? 私は使用人でお客じゃありませんから」
「今日は特別です。 お話したいことがあります」
 杉本の眉間に筋が寄った。
「何ですか? 顧問弁護士さんが、私に御用って?」
 酒田はまっすぐ杉本を見返し、朗々と述べた。
「実は、ここにおられる吉崎那賀子さんは、正式な公正証書としての遺言書を作っておられます。 そして、すべての不動産および大部分の動産を、義理の妹さんの子、つまり甥の江田芳さんに相続させると明記されています」

 杉本は驚かなかった。 むしろ、当たり前という表情で薄い笑みを浮かべた。
「そうですか。 それが私と何の関係が?」
「他の親族の方には一切相続の権利がなくなったということを納得していただきたくて」
 膝を合わせて坐り、うつむいていた登貴枝が、さっと顔を上げた。








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