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薫る春
55
ゆったりした大型車は、那賀子と父、酒田、それに紗都と江田、運転手を兼ねる高宮が乗って、まだ余裕があった。
車内で、那賀子夫人は当り障りのない紹介を行なった。
「顧問弁護士の酒田さんはご存じね。 それで、こっちは甥の江田芳です。 お嬢さんと仲よくさせていただいているようで」
父の目がダイオードのようにピカリと光り、若い二人を見比べた。
「ほう、知りませんでした。 ミッキーマウスみたいな頭をした友達とよく一緒にいるんですが、ボーイフレンドはまったく連れてきませんでね。 もてない奴だと思ってました」
チッ、余計なことを――紗都は鼻の頭まで赤くなってしまった。 ちなみに、ミッキーマウス頭とは、親友の杜飛鳥のことだ。
四分ほどで立派な寿司屋の奥座敷に落ち着くと、父はさりげなく、『不肖の娘』がなぜ、吉崎那賀子みたいな大物とホテルのロビーにいたのか探り出そうとした。
「ちょっと驚きました。 ホテルに集まって、カジュアルな見合いでもなさっているような雰囲気でしたね。 もっとも、娘のこの服じゃ見合いどころじゃないですが。
なんで今の子はこんなだらっとした格好したがるんでしょうね。 我々の頃はハマトラでしたよ。 ブレザーで、こうピシッと決めてましたよ」
「若い時代は奇をてらうんですよ。 昔の大学生はバンカラとかいって、わざとお風呂に入らずにヨレヨレの着物を着て、チビた下駄を鳴らして歩いていたそうですよ。 私の年代よりずっと上の話ですけどね」
那賀子夫人は、ずっと上の、というところを強調した。 でも、紗都にとっては、ハマトラ、バンカラ、どっちも初めて聞く言葉で、歴史用語みたいなものだった。
那賀子夫人は、紗都の父を信頼することに決めたらしい。 上等な座椅子にゆったりと身を預けて、語り出した。
「実はね、この若い人たちに助けてもらってたんです。 きのう喜寿のお祝い会をしたんですけど、集まった遠縁の親戚たちが、家政婦の杉本さんと一緒になって、妙な動きをしてましてね」
そこで那賀子は弁護士の酒田に視線を投げ、バトンタッチした。
酒田は咳払いして、書類鞄を脇に引き寄せてから、話を引き継いだ。
「ご存じの通り、吉崎家は名家で、財産家でもいらっしゃいます。 彼らはその財産にターゲットを置いているのではないかと」
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風と樹と空と
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