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表紙

薫る春  51


 二人は、もうちょっとだけ芝居を続けることにした。 作業小屋を出るとき、わざと後ろを向いて中を心配そうに窺〔うかが〕い、内緒話をしながら早足で遠ざかった。
「これであそこを探し回るかな」
「ずっと探して埃だらけになりゃいいんだよ」
 クックッと二人で笑って、並木の道を急いだ。


 正門前の通りに出ると、少し離れた道端に停めてあった車から、酒田弁護士の頭が覗いた。
「江田くん!」
「あ、はい」
 呼ばれて、二人は急いで酒田の車に乗った。


 連れていかれたのは、恵比寿公園近くのホテルだった。 那賀子さんは、斬新なデザインのシャンデリアがいくつも吹き抜けの天井を飾った大きなロビーで、ゆったりと椅子に座って二人を待っていた。
 江田と目が合うと、彼女はニヤッと笑った。 ニコッではない。 いたずらを見つけられた子供のように、後ろめたい表情だった。
「よく来てくれたわ。 二人ともごめんね、嫌な思いをさせて」
 江田と紗都は、ぎこちなくフカフカの椅子に腰を下ろした。
「あの、何がどうなってるのか、よくわからないんですけど」
 江田がそう言うと、那賀子はうなずき、すぐに話し出した。
「実はね、少し前から気になることがあったの。 クローゼットの戸がわずかに開いていたり、引出しの中身の位置がちょっとだけずれていたりしてね」
「杉本が探ってたわけですか」
「他に誰もいないから、そうとしか思えなかった。 泥棒ならお金を持っていくでしょうし。
 重要書類や宝石は、銀行の貸し金庫に預けてあるの。 杉本さんもそれは知ってるわ。 じゃ、いったい何を探してるんだろうと、不安になってね。
 だから喜寿の会を開いたのよ。 遺産相続の話をして、反応を見るために」
「そしたらあいつ、親戚をみんな仲間にしちゃったんですね」
「ええ」
 やりきれない様子で、那賀子は肩を落とした。
「よっぽど口がうまいんだか何だか。 怖い人だわ」
「さっき杉本の部屋を探してました?」
 紗都が小声で訊くと、那賀子はもじもじした。
「ええと、溝口さんが自分で捜索しようとしたんだけど、あの人にやってもらうと、家宅侵入かなんかで訴えられたら気の毒でしょう? だから、大家の私がやったの」
「証拠見つかりました?」
 江田が身を乗り出した。 那賀子はためらって、瞬きした。
「それが、厄介なことになったの」










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