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表紙

薫る春  49


 紗都は反射的に、江田と顔を見合わせた。
 なんか変だ。 話がずれてきている。
 その様子を目ざとく見てとった杉本が、不気味な声で尋ねた。
「あんたたち、奥様を見たの?」
 またたき一つせずに、江田がすぐ答えた。
「寝込んでるんでしょう? たしか、気分が悪くて」
 登貴枝が間抜けた声で口を出した。
「そのはずだったの。 でも杉本さんが、よく眠れるようにってお好きな梅酒を持っていったら、ベッドがもぬけの殻だったんですって」
 どうやって内鍵のかかった寝室に入ったんだ。 やっぱり窓からか?
 紗都が杉本を睨むと、家政婦も負けずに睨み返した。
「もしかして、あんたたちが誘拐したんじゃないでしょうね」
「まさか!」
 二人の声が見事に揃った。 これは嘘じゃないから、とっても正しく響いた。
 もじもじしていた肇が、小声で言った。
「あの、マットレス丸めて寝てるように見せるって、本人がやったんじゃない? 僕も子供のとき、夜にカブトムシ採りに行って、ああやったよ」


 また江田と紗都の視線が合った。
 どっちもピカッとひらめいた。
 那賀子夫人は、誘拐されて閉じ込められてたんじゃないかもしれない。 自分でこっそり抜け出して、杉本の部屋を調べてたってことも……!
 江田の唇が、ピクピク動いた。 笑いたくなったらしい。 どうやら那賀子さんは、二人が考えた以上に、そして、杉本たち以上に、したたかな人のようだった。


 肇の言葉を聞いて、杉本は落ち着きをなくした。
「ほんと? もしそうなら、なんでそんな子供みたいな真似を。 どこかで気分が悪くなって倒れていらしたら大変だわ。 もっと探しましょう」
「そうね、子供たちも動員して、皆でね」
 登貴枝が、つんのめるように母屋へ走りこんでいった。








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