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表紙

薫る春  47


 酒田の運転で、灰色のセダンはすぐに裏道に出た。 そして、ブローッというエンジン音を残して、去って行った。


 よっこらしょと茂みの陰から立ち上がると、紗都は訴えるように江田を見た。
「ねえねえ、あれ」
「うん、那賀子さんだった」
「捕まってたのを、溝口さんが救い出した?」
「それで、酒田弁護士に頼んで避難させたんだ」
 ほっとして、同時にがっかりした。 取り残された気分で、紗都はよく晴れた空を見上げた。
「杉本はどうしたんだろ?」
「どっかへ隠れてるんじゃないか?」
「そうか……あんまし役に立てなかったね、私たち」
「でも、推理は当たってたよ」
 あくまでも前向きの姿勢を崩さない江田だった。
 とりあえず肩の荷が降りたとたん、猛烈におなかがすいてきた。 腹の虫が鳴り出す前に、紗都は素早く口を切った。
「考えたら、朝早く薄いパンと卵しか食べてない」
「俺もうんと早くにカレーパン一個食っただけだ」
「この辺に食べ物屋さんある?」
「昨日の昼は定食屋に行ったけど」
「おいしかった?」
「わりと」
「じゃ、そこ行こうよ」
 また固く手を結び直すと、幸せな気分になった。 二人は微笑みを交わしてから、明るく歩き始めた。
「ヘンな日曜だったな」
「ほんと。 朝早くから二度も襲われて」
「那賀子さんがあいつら訴えたら、一緒に訴えるといいよ。 このテグスが証拠だ。 俺、証人になる。 溝口さんも見てるし」
 そう言って、江田はポケットから巻いた釣り糸を出してみせた。
 紗都はそこで、我に返った。
 やっぱりまずい。 こんな痛いバイトをしていたのを父に知られたら、独立も女優の夢も、ぜんぶ駄目になるかもしれない。
 上目遣いになって、紗都は声を落とした。
「うん、考えてみる……それよりね、江田さんの休暇はいつまで?」










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背景:風と樹と空と
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