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薫る春
46
仏頂面のまま、溝口は二人を追い立てた。
「ともかく帰んなさい。 この家のガードは当面この溝口がやる。 手出し無用」
仕方なく、二人は踵を返して歩き出した。 手はつないだままだ。 もうそのほうが自然になってしまっていた。
「なんかさ」
「ん?」
「溝口さんも気付いてたみたいねー。 親戚たちが杉本とグルだって」
「うん……でもそんならなぜ、手伝わせてくれないのかな」
「溝口さんの後、つけてみる?」
「それはちょっと、まずいだろう」
「そうだね。 ピーターパンみたいになっちゃうね」
江田は妙な顔をした。
「ピーターパン? 空飛ぶヤツか?」
「いやー、ネバーランドって夢の島でね、ピーター、海賊のフック船長、インディアンたち、時計を飲み込んだワニが、ぐるぐる追いかけっこをしてるっていうシチュなの」
「ふうん」
興味なさそうに言った後で、はっと気付いて江田はとぼけた表情になった。
「似てるな、確かに。 俺たちは……たぶんインディアンで、杉本たちが海賊か」
「溝口さんはワニ?」
二人はクスクス笑い出した。
そのとき、静かな裏通りで車の音がした。 音はどんどん近づき、半分開いた裏門からグレイの大型セダンが入ってきた。 二人は慌てて、近くの大きな丸い植え込みの陰に飛び込んだ。
車はガレージの前で停まった。 中から降りてきた男を見て、紗都の顎がだらんと落ちた。
江田も驚いて目を見張った。
「まじかよ。 酒田さん、なんでここに?」
それは、急いで帰っていったはずの弁護士だった。
酒田は、ちらちらと辺りを見回し、急ぎ足で平屋と二階家の間の狭い空間に入っていった。 人目を気にしているようだ。
「あのおじさんも何かコソコソしてるよねー?」
紗都が囁いた直後、酒田は再び現れた。 今度は一人ではなく、ちょっと髪の乱れた那賀子夫人を伴っていて、肩を抱きかかえるようにして車に乗せた。
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