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表紙

薫る春  45


 期待していたようなジタバタする音ではなかったが、ひどく怪しい気配だ。 まるでコソ泥のような……。
 今度は堂々と、江田は窓から首を入れて中を観察した。
「誰か住んでるな。 たぶん女だ」
「家政婦じゃない?」
「じゃ、今そっと出てったのは」
「後ろめたいからか!」
「やっぱりこの辺に那賀子さんを隠してるんだ。 ここかな、それともあっちの建物かな」
 早口で内緒話を交わすと、二人はグルッと小さな家の周囲を回ってみた。 どこも静かだ。 カサッとも音がしない。 裏口がなかったので、二人は表へ戻った。 そして、白い平屋の玄関前で待機した。
「杉本が出てきたら、問いつめるんだ」
「二人でギュッと言わせよう!」
 なんかワクワクして、紗都は繋いでいないほうの手で拳を作った。 さんざん脅かされた恨みを、今度こそ返してやる!
「一人みたいだったね。 ここなら、叫んだって仲間には聞こえないよね」
「うん」
 江田も嬉しそうだった。
 杉本はまだ出てこない。 しびれを切らした二人が、こっちからドアを叩こうとしかけたとき、不意に二階家の裏手から溝口が走ってきて、ハアハアしながら叫んだ。
「おい! ここにいちゃ、いかん!」


 出鼻をくじかれて、江田はしかめっ面になった。
「杉本さんに話があるんですよ、俺たち。 ここ杉本さんの住んでるところですよね?」
「そうだが、もうガードの仕事は辞めたんだろ? 早く帰れ」
「でも」
「デモもストライキもない。 越権行為だぞ。 帰れ!」
 そうだ、この人はまだ録音を聞いてないんだ――江田は急いで小さな器械を取り出して、スイッチを入れた。 台所での不快な会話が、再び繰り返された。
 聞き終わると、溝口はブルドック顔になって、口を引きしめた。
「仲間割れ寸前だな」
「え?」
 溝口があまり驚いていないようなので、江田のほうがびっくりした。








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