表紙目次文頭前頁次頁
表紙

薫る春  44


 二人は頭を近寄せて、懸命に考えた。
「あいつら、那賀子さんをどこにやったんだろう?」
「アリバイがーとか言ってるんだから、すぐ消しちゃうとは思えないんだけど」
 消す、という言葉が不吉な影になって、覆い被さってきた。 紗都は無意識に小さく体を震わせた。 これはただの冒険じゃない。 那賀子さんの命がかかった、おぞましい陰謀なんだ。
 途方に暮れた様子で、江田がぐるりと視線を巡らせた。
「ここ、どこでも人ひとりぐらい隠せるよなー。 広すぎる」
「どっかに閉じ込めて、安心して作戦会議やってるのかな」
「そうなら、音がするかもしれない。 那賀子おばさん元気だから、縛られてても何とかして助けを呼ぶだろう」
「そうだよね。 睡眠薬飲ませたんなら、ベッドルームに置いといてオッケーだもの。
 隠し場所、母屋じゃないよね、きっと。 あの物置以外に、小屋かなんかある?」
「裏門のほうにガレージのついた大きな建物があるよ。 昔、運転手や庭師が住んでたんだって」
「すごいお屋敷だねー」
 二人はまた手を繋いで、二階の窓から覗かれないように壁沿いに回り、裏門目がけて突き進んだ。





 きれいに刈ったミニゴルフ場を通り、小さな林を抜けると、裏門が見えた。 車を出すために、表門よりむしろ広く、横幅のあるスライディングドアがついていた。
 その前に、三つ建物が並んでいた。 門に近いほうから、大型車が五台は入りそうな巨大ガレージ、茶色の二階家、そして、白い平屋だった。
 二人はまず、平屋に近づいた。 すると、窓の中から小さな物音が聞こえてきた。
 立ち止まって耳を澄ますと、どうやら足音のようだった。 しかも、なんかコソコソしている。 他に、カタカタと物を揺り動かすような音が続いた。

 江田が首を伸ばして、カーテンの横からチラッと覗いた。
 とたんに音が止まった。
 気付かれたらしい。 江田と紗都も息を潜めて、動かなくなった。

 壁を挟んで、しばらく沈黙が続いた。  やがて、そうっとそうっと扉の開く音が、かすかにきしんだ。 相手はこっそりと部屋を抜け出そうとしているらしい。 急いで江田がまた首を突き出したが、ゆっくり閉まっていくドアが見えただけだった。








表紙 目次前頁次頁
背景:風と樹と空と
Copyright © jiris.All Rights Reserved
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送