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表紙

薫る春  43


 ベッドの掛け布団はピクリとも動かない。 紗都は、江田と目を見合わせた。
「ぐっすり寝てるのかな、それとも」
「確かめてくる!」
 さっと窓枠に手をかけた江田を、紗都が引き止めた。
「私が行く。 急に男の人が枕元にいたら、那賀子さんびっくりする」
「そうか」
 幸い、古い木製のコンテナが、おあつらえ向きに窓の斜め下に置いてあった。 木箱の上に昇ると、あとはひとまたぎで簡単に窓から入れた。


 ドロボーみたいな気分で、紗都はそっと床を横切り、ベッドに近づいた。
「奥さん、佐藤です。 勝手に入ってすいませんけど、ちょっと起きてください。 大事な話が」
 ささやき声で訴えてみたが、まだ布団は動かなかった。 仕方なく、紗都は手を伸ばして軽く揺すぶってみた。


 あれ?


 なんか手触りが変だ。
 もう一度グラグラと揺らすと、掛け布団がめくれて中が見えた。
「うげっ」

 反射的に唸ったのを、窓の前にいた江田に聞かれた。
「どうした!」
 風を切って引き返して、紗都は耳打ちした。
「あれ那賀子さんじゃない! マットレスを丸めて寝かしてあるの」


 みるみる、江田の表情が変わった。
「やばい!」
「うん、どうする?」
「ともかく、中にいるとこ見つかったら更にやばいよ。 出て!」
 江田の手につかまって、紗都はできるだけ素早く寝室を抜け出した。







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背景:風と樹と空と
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