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表紙

薫る春  41


 さすがだ!
 紗都は、江田が決定的な会話を録音していたことに感心した。
 そのとき、横で江田は弁護士を説得しようと全力を尽くしていた。
「なんか企んでるのは確かでしょう? 後で那賀子さんがひどい目に遭ったら、酒田さんだって後味悪いですよ、きっと」
「わたしにどうしろと?」
 苦虫を噛みつぶしたような表情で、酒田は訊き返した。 ここぞとばかり、江田は身を乗り出して熱心に頼んだ。
「屋敷に戻って、那賀子さんを説得してくれませんか? 僕たちだけなら聞いてくれないかもしれないけど、酒田さんが一緒ならわかってくれると思うんです」


 酒田は後頭部に手を当て、少し考えていた。
 それから、仕方なくぼそぼそと答えた。
「うちは刑事畑じゃないんで、専門外のことだからねえ。 立ち入って無駄に恨まれたくないんだけど、しょうがないか」
 むっとして、江田は早口で言い返した。
「ぐずぐずしてると依頼人が一人いなくなっちゃいますよ?」
 ハアッと溜め息をつき、酒田は並木道を引き返し始めた。


 今度は玄関から堂々と行くことにした。 だが、それが裏目に出た。
 呼びかけに応じて現れたのは、家政婦の杉本だったのだ。 予測しておくべきことだったが。
 とりすました顔で、杉本はこう言った。
「申し訳ありませんが、奥様はお会いできません。 疲れたとおっしゃって、十五分ほど前に寝室へ行かれました。 誰も邪魔をしないようにって鍵をおかけになって。 もうぐっすりお寝みで、私も中へ入れないんですよ」




「くっそぅ、バリヤ張ったよ、あの家政婦」
 仕方なく玄関を離れた後、やりきれない表情で江田が呟いたのを、酒田が受けた。
「いや、本当に寝たのかもしれんよ。 年寄りはよく昼寝するんだ」
 責任逃れができて、酒田は嬉しそうにトットと帰ってしまった。 後ろ姿の足が軽く見えた。







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背景:風と樹と空と
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