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表紙

薫る春  40


 弁護士の顔が冷たくなった。 実際にはやってないが、フッと鼻で笑った感じがした。
「君達ねえ、推理小説の読みすぎか、ゲームのやりすぎじゃないの? 遺言書を作るときに調べたんですよ。 吉崎那賀子さんは完全な健康体。 頭もしっかりしてるし。 急に亡くなったら必ず怪しまれますよ」
「事故にみせかけたら?」
「いいかげんにしなさいよ、まったく」
 酒田はくるりと向きを変えて、さっさと帰り始めた。 固い背中が二人を拒否していた。
 すぐに江田も後について歩き出した。 足を速めながら、何かを取り出して押した。
 間もなく、その何かから声が大きく響いた。
『「……まだ何もばれちゃいないわよ、落ち着いて。 ばたばたすると、かえって疑われるわ」
「でも、あの芳くんて子、見た目かっこいいし、頭もよさそうよ。 那賀子おばさま、後でよく考えたら気が変わるんじゃない? やっぱりあの子が跡継ぎにふさわしいって」
「じゃ、考えさせなければいいんでしょ? 計画をはやく実行しましょう」
「待って! ちょっと待って。 私達が帰るまで何もしないでよ。 ちゃんとしたアリバイを作っとかなきゃ」』


 すたすたと歩いていた弁護士の足が、ぎこちなく止まった。 それでも振り向かず、体をわずかに後ろに倒して聞き入っていたが、ちゃんとしたアリバイ、というところで思わず声を上げた。
「これは……!」
「さっきキッチンの裏で録音したんです」
 ICレコーダーのボタンを切ると、江田はきっぱりと答えた。
 酒田は首筋に手を当て、迷った口調になった。
「盗聴録音は証拠にはならんのだよ」
「証拠にしたいんじゃない。 あいつらを有罪にしたいわけでもないんです。 あの連中だって本当はそれほど悪人じゃないと思うんですよ。 金に目くらんでるだけなんじゃないすか? だから、何かやる前に止めなきゃ。
 酒田さん、信じてください。 今のあいつら危険だってことを!」
 江田の声が鋭く変わった。







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