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表紙

薫る春  38


 登貴枝は心配性らしく、声に震えが入り出した。
「雇われたっていう女の子はともかく、本物の芳は気になるわ。 あんな簡単に引き下がるのが、かえって不気味。
 作戦、手直ししたほうがいいんじゃない? ねえ、どう?」
 杉本は根性が据わっていた。
「まだ何もばれちゃいないわよ、落ち着いて。 ばたばたすると、かえって疑われるわ」
「でも、あの芳くんて子、見た目かっこいいし、頭もよさそうよ。 那賀子おばさま、後でよく考えたら気が変わるんじゃない? やっぱりあの子が跡継ぎにふさわしいって」
 不安げに嘆く登貴枝の言葉を聞いて、江田はちょっと照れたような、嬉しそうな顔になった。
 ガチャンと金属の鍋かフライパンを乱暴に置く音が響いた。
「じゃ、考えさせなければいいんでしょ? 計画をはやく実行しましょう」
「待って! ちょっと待って」
 大げさなほど、登貴枝は慌てた。
「私達が帰るまで何もしないでよ。 ちゃんとしたアリバイを作っとかなきゃ」


 アリバイ?
 反射的に体がブルッとなった。 これが武者震いというものか。 紗都は緊張で、胃の辺りが鈍く痛んできた。


「食事の後、浪岡さんの部屋へ行きましょう。 もう一度話し合いをしとかないと」
「そうね。 もう弁護士先生は帰ったかしら」
「帰ったんじゃない? さっき那賀子おばさまと廊下を歩いていくのを見たわよ」
 二人の声が遠ざかり、次第に小さくなっていった。

 江田が合図して、紗都と二人は足音をさせないように裏庭から壁伝いに回った。
 それから、いきなり江田が紗都の手を掴んで走り出した。
「えっ? どこ行くの?」
「弁護士の先生を捕まえるんだ。 まともな弁護士なら、話を聞いてくれるはずだ!」






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