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薫る春
37
まだお昼までにはちょっと間がある。 家政婦の杉本は、きっと台所で食事の支度をするだろう。 紗都はその場所を知らなかったが、江田が知っているというので、彼の後をついてコソコソと裏庭に回った。
台所はふつう、板の間か防水の床材を敷いてあって、湿気が逃げるように開放的に作ってあるから、音が聞こえやすい。
吉崎家の台所もそうだった。 皿や鍋をカチャカチャいわせる音や話し声、スリッパの足音まではっきりと聞こえた。 これなら、壁の傍にいれば、盗聴器や集音器は必要ない。 二人はさっそく、窓の下に陣取って耳を澄ませた。
杉本は一人ではなかった。 忙しく右へ左へと動きながら、背後にいる誰かと話していた。
「でも、驚いたわね。 あの警備員の若いほうが、本物の『かおる』さんだったなんて」
「ねえ、あの子たちにあんなきついこと言って大丈夫だったの? 仕返しに警察に行かないかしら。 心配だわ」
「そんなこと出来やしないわよ。 それに、立花さん手袋はめて細工したんでしょう? たとえ捜査しても、誰がやったかなんてわかりっこないわ。 あの『芳』って子が怪しいって皆で言えばいいし」
会話しているのは、杉本と登貴枝だ。 で、材木倒しを仕組んだのは、立花なのか。
紗都は、また袖をまくって、だんだん薄れてきているカンペを見た。
――あれっ、立花って、那賀子さんの親戚じゃん。 うわーエグイ。 みんなグルなんだ!――
なんと、昨日から来ている遠縁三家族は、すべて家政婦杉本の一味なのだった。
これは本格的に恐ろしいことになった。 この家の中で、いま那賀子さんの周りにいるのは、全員が超危険な敵なのだ! 私達が引き返してこなかったらどうなったのよ、と、紗都は那賀子夫人にちょっと言ってやりたくなった。
隣りで息を潜めている江田も同じ気持ちだったようで、目が合うと顔をくしゃくしゃにして、非常に不愉快そうな緊張した表情を作った。
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風と樹と空と
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