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表紙

薫る春  36


 三つ折りの紙には、清潔な白木の積み木セットや安定感のいい木馬、ユニークな形のお絵描きボードなどが、センスよく並べて印刷されていた。
「セレーネ工房?」
「月の女神って意味らしい。 共同経営者がつけたから、よくわかんないけど、まあ響きがいいってことで」
「イメージきれいね。 じゃ、ここ休んで東京に来たの?」
「契約のついでに一週間休暇取って」
 そこまでしたのに、話を詳しく訊かないであの態度はないよね〜 ――紗都は、江田の気持ちを思いやって、自分まで口惜しい気持ちになった。
「ほんとにあの奥さん危ないのにね。 だって、たぶん家政婦と登貴枝って人と、それに浪岡家の女の子は共犯だから」
「そいつらは、どっちの親戚? 那賀子さん側? それとも死んだ伯父さんの?」
 紗都は袖をまくってみた。 昨日入浴し忘れたため、まだカンペが残っていた。
「伯父さん側」
「ああ……共謀しやすい立場だな」
「そうだね」
 話しているうちに、だんだん二人の足は遅くなり、やがて止まった。
 両方とも、同じことを考えていた。 相続人の『かおる』を始末しようとしたか、少なくとも脅して追い払おうとした連中が、那賀子さんをそっとしておくわけがない。
 そして、何かするなら、皆が集まっていて、しかも養子縁組が白紙になった今こそが、チャンスだ!


 紗都の手を握り直して、江田が不意に言った。
「お母さんは、これを言おうとしたのかな」
「これ?」
 紗都が顔を上げると、江田は力を入れてうなずいた。
「那賀子さんの健康じゃなく、身の回りを守れってこと。 最近は、財産家が次々と狙われてるからな」
 二人は顔を見合わせた。 紗都が、ためらいがちに尋ねた。
「ええと、ガードマンならいろんな道具持ってるんじゃない? たとえば、盗聴器とか」
「ああ」
 二人は反射的に、つないだ指に力を込めた。
「やってみるか。 このままで何かあったら、後味悪いし」
「できることあったら手伝う! すごい腹立ってるんたから、あの家政婦ババアに!」
 つい地を出して、紗都が唸った。








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背景:風と樹と空と
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