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表紙

薫る春  33


 はあ? はあ〜〜?!

 こいつ、イッパツ張り倒すぞ!
 一瞬、本気で拳を握りしめた。



 しかし、次の瞬間、カチッとひらめいた。
――ぐるだって言ったな。 違う会社から別々に雇われてきた二人が、ぐるなんてはずないだろう。 そんな発想がどこから出てきたんだ――
 紗都の目が、細く細く狭まった。
――とうとう口すべらせたな。 この女、自分のこと言ってるんだ。 自分が誰かとぐるだから、相手もそうだと思って――
 とたんに気持ちが静まった。 不思議なほどだった。 相手の正体を知って、覚悟ができたのだ。
 もう杉本を相手にせずに、紗都は那賀子夫人に向き直った。
「わかりました。 もう口出しません。 私関係ないですから。 それじゃ、ご依頼ありがとうございました。 今後もワーク・カサイをよろしくお願いします」
 那賀子は、気が抜けたように小さく頷いた。




 紗都は急いでいた。 江田のケー番を知らないから、ここで別れたらもう会えないかもしれない。 食堂を飛び出して廊下に行き、靴に足をスポッと入れて、一目散に走り出した。

 江田は、長い並木道の入口に立って、溝口と深刻な顔で話していた。 紗都はほっとして駆け寄った。
「江田さん、ほんとに帰っちゃうの?」
 江田はきらきらした瞳を上げ、ややそっけなく答えた。
「やってらんないよ。 向こうが勝手に決めて、勝手に疑ってるんだから」
「確かにそうだけど」
 二人に追いつくと、ハーハー言いながら、紗都は話すべきことを話した。
「でも、那賀子さんが一人で決めて、一人で実行したせいで、江田さんは無事だったんだと思う」
「認めるよ、それは。 襲う相手をまちがえたってことはな」
「それだけじゃなくて。 本命が江田さんだって初めから知ってたら、もっとひどいやり方をしたかも」
「あの家政婦が?」
 あんな女なんかにやられてたまるか、という顔をした江田に、紗都は重々しく告げた。
「彼女一人じゃない感じ。 きっと共犯がいる」






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