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表紙

薫る春  31


 杉本は慌てるだろうと、紗都は思った。
 だが、彼女はむしろ哀しげな目で、江田を見返した。
「バカなこと言わないでくださいよ。 私は食事の支度でてんやわんやだったんですから、そんな仕掛けなんかできっこないでしょう? 庭に出て何分も歩いて、また戻ってなんて時間、どこにあります?」
「でも、二十分もあれば……」
 江田が言いかけると、すぐ杉本に遮られた。
「できませんって。 さっきまで、登貴枝さんがずっと手伝ってくれてたんだから。 お客さんが多くて、食事の支度が大変でしょうって言って」



 さすがの江田も絶句した。 なんと、杉本は一人ではなかったのだ。
「ずっと、ですか?」
「ええ、ご親切ですよ、あの方。 後からは知佳ちゃんも手伝ってくれたし」
 浪岡家の女子中学生だ。 江田は自信がぐらついた様子で、口をつぐんでしまった。
 だが、杉本のほうは黙ってはいなかった。 疑いをかけられたことでカンカンになっていて、頭を絞って逆襲を始めた。
「そんなこと言って、ほんとはあなたじゃないんですか?」
「はあ?」
 たちまち江田の目が険しくなった。
「ふざけんなよ! 俺があんな汚いことするかよ!」
「だって誤解してたんでしょ? この子がここの養女になっちゃえば、財産根こそぎ持っていかれるって!」
「また財産の話か! あんたら、金のことしか頭にないのか!」
「綺麗事言わないでよ! こそこそ敷地に入りこんで何たくらんでたのよ!」
「やめて! 二人ともやめてちょうだい……」
 那賀子が悲鳴に近い声を上げた。


 口論の間、紗都ははらはらしながらも、頭のもう一方で考えていた。
――家政婦さんの仕事を、登貴枝さんが手伝ったって?
 あの身勝手そうな、冷たい感じの人が?
 それに、後から知佳っていう女の子もキッチンに来ただとー?
 見るからにブスッとしていて、五歳の達矢くんが走り回ると嫌そうに睨んでいた、愛想のない子が?
 ありえない。 二人ともぜったい親切な人間じゃない。 だのに、今朝に限って何で、やりそうもないお手伝いを……?――




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