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表紙

薫る春  28


 あれっ?
 また渡り廊下から、今度は三人で入ろうとしていると、疑惑ナンバーワンの杉本が大広間から出てきて、一瞬足を止めた。
 ピリピリとした空気が流れた。 しかし、さすがは人生のベテラン。 すぐに何くわぬ顔になって、杉本は堂々と近づいてきた。
「あら、今度は溝口さんまで。 もう刈り込みは済んだんですか?」
「ひと仕事済んだんで、ちょっと休憩を」
「ああ、そうね。 今弁護士さんが来たところですもんね。 九時の約束だったわ」
「弁護士さんですか?」
 江田が普通に尋ねた。 杉本も淡々と説明した。
「ご親戚の人たちに生前贈与なさるんですよ。 ね?」
 最後の一言は、事情を知っている紗都に向けられたものだった。
 うまく芝居ができず、紗都は固い表情でモグモグと答えた。
「なんか、学資とか……」
「大した金額じゃないですよ。 お嬢さんが受け継ぐものに比べれば。 このお屋敷も立派ですが、他に不動産や会社や優良株なんかが山のようにあって、四十億は下りません」
 お嬢さんだとー? この古タヌキ!
 頭に血が逆流した。 思わずズイと前に出て、紗都はとんがった声で言い返した。
「ここの財産なんて、私貰いませんから!」


 一同、あっけに取られた。
 江田でさえ、びっくり眼で紗都を見つめた。
「あれ? 君、養女でしょ?」
「それは……」
 もう那賀子さんの事情なんて知るもんか。 まったくのダミーなんだと説明しようとしたとき、大広間のドアが開いて、当の那賀子が顔を覗かせた。
「どうしたの? ごたごたしてるようね」
「いえ、奥様」
 杉本が口を出そうとしたが、那賀子は手を上げて止め、四人のほうへ歩いてきた。
「いいの。 かおるさん、あなたに説明してほしいわ。」
「あの、どこから言ったらいいか……」
 口ごもる紗都に、那賀子は不思議な視線を向けた。
「いえ、あなたじゃないわ」
 そして、ゆっくりと江田に向き直った。
「あなたのことよ、かおるさん」






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