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薫る春
27
あれっ?
紗都の目が据わった。
――そうだよ、そうだ。 近道通っていけって、あんなに念押してたよ――
親切だからじゃなかったんだ。 そんなぁ……
ひどい。 ひどすぎる!
思わず紗都は泣きべそ顔になって、江田の腕にキュッとしがみついてしまった。
密着している二人を見て、溝口が呟いた。
「ダッコちゃんみたいだな」
「え?」
「あ、いや」
ちょっと眩しそうに目を外すと、溝口は江田に確認した。
「それで? 犯人は誰だ? 昨日来た親戚たちの一人か?」
「いいえ」
江田はきっぱりと否定した。
「杉本さんです、家政婦さんの」
溝口は、納得せずに首をひねった。
「あのしっかりしたおばさんが? そんなことして何の得がある?」
「わかりません。 でも布団事件から怪しいと思ってたんです。 包丁は、たぶん台所から持ち出したんですよね? それに、切り裂いた布団を隠して、替わりにそっくりの布団を敷いておくなんて、来たばかりの親戚にできます?」
溝口は唸った。
「自分たちの使っていた布団を持ち込んだのかもな」
「まだ暗い明け方に? あの廊下には同じような部屋が並んでいて、すごくわかりにくいんですよ」
「まあそうだ。 ここはやたら広いし、あちこち建て増ししていて混乱するが、あそこは特にそうだな」
二人の会話を聞いていて、紗都も考えこんだ。
そう言えば、寝室に案内したのも、シールを貼れと言ったのも、杉本さんだ。
得体の知れない悪意を感じて、紗都は体を強ばらせた。
「両方とも犯人があのおばさんだったら、なんで私ばっかり狙うの?」
「それは本人に訊こう」
江田が紗都の手を握って歩き出したので、溝口が慌てて歩調を揃えた。
「なあ、さっきの材木倒したのは立派な傷害未遂だ。 証拠もあるし、警察に通報すべきじゃないか?」
「ここは奥さんの家ですから、奥さんの気持ちを訊いてからにしないとまずいっすよ」
どうも、リーダーの溝口より江田のほうが、しっかり度数は上回っているようだった。
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