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薫る春
26
確かに杉本の言った通りで、枝ぶりのいい松の横を抜けていくと、あっという間に倉庫兼休み場が見えてきた。
さっきとは違う角度から行ったため、そこは裏側の壁だった。 小さな窓の横には、最初に会ったとき江田が担いでいた脚立が、長く伸ばして立てかけてあった。 その脇に並ぶように、四角い材木が五。六本、壁に寄りかけられている。 まだ西の生垣を刈っているのか、小屋はシーンとしていて、人の気配は感じられなかった。
バッグから携帯を出して見たら、九時二分過ぎだった。 生垣の正確な場所も聞いておけばよかった、と思いながら、紗都が取りあえず小屋にたどりつこうとしていたとき、ちょうど向こうから、溝口と並んで江田が戻ってきた。
嬉しくなって、紗都は笑顔で小走りになった。
「江田さ〜ん!」
呼び声に気付いて、江田が顔を向けた。
その瞬間、紗都の足首が何かに引っかかった。 続いて脚立が斜めによれ、すぐ横の材木に当たった。
まるでドミノ倒しだった。 まず脚立が、それから三メートルはあろうかという材木が、次々と傾いて紗都に襲いかかってきた。
「キャ〜〜!」
小さな悲鳴を上げて、紗都は反射的に右腕で顔を庇った。 同時に、江田が植木鋏を放り出して大股で走り、崩れてくる材木の波から紗都を引きずり出した。
脚立はともかく、材木が一度に倒れなかったのが幸いだった。 側頭部に脚立の角が当たったものの、小さなコブができただけで、紗都はほぼ無傷で済んだ。
一足遅れで駈けつけてきた溝口は、初めに異様な動きをした脚立を屈んで調べた。 少しゴソゴソしていた後、やがて指で何かをつまみあげた。
「おい、これ」
江田は、紗都を庇いながら立ち上がって、地面についた膝から土を払っていたが、溝口に見せられた細い筋を見て、怒りの表情になった。
「テグスですね。 グレーのやつだから、下に張られていたらちょっと気づかない」
溝口は、目を細くして道の反対側にある木蓮の木を眺めた。 そして、近寄って幹を確認した。
「ここに結んである。 道の横に張り渡して、足で引っ掛けさせたんだな」
「えー、なんで?」
紗都が抗議の声をあげると、江田が振り向いた。 きつい表情になっていて、目が鋭かった。
「心当たりがある」
「ほんとか?」
溝口に訊かれて、江田はきっぱりと頷いた。
「たぶんあの人です。 ね、かおるさん、彼女がこの道から行けって言ったんだろ?」
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