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表紙

薫る春  25


 那賀子夫人は、クラシックなデザインの出窓の前に立って、物思わしげに庭を眺めていた。 額には小さな皺が寄り、なんだか悲しそうに見えた。

 急いで食べ終わった後、横に置いてあったぬるいコーヒーを飲もうとしていると、再びドアが開いて、杉本がきびきびと姿を見せた。
「奥様、登貴枝さんがちょっとお話したいと言っておられます」
「登貴枝さんが?」
 窓から振り向いて、那賀子は気が進まない表情を浮かべた。
「もうじき弁護士の酒田さんが来るから、そのときでいいでしょう?」
「いえ、お二人だけで話したいそうなんですが」
「しょうがないわねえ」
 短く呟き、那賀子は紗都に微笑みかけた。
「ここで待っていてちょうだいね。 すぐ戻ってくるから」


 那賀子がドアを開けて出ていくとき、登貴枝がかしこまって戸口の外に立っているのがチラリと見えた。 この人だって包丁刺した犯人の可能性あるんだよなー、と思いながら、去って行く二人の背中を目で追っていると、杉本が食器を重ね終わってから不意に話しかけてきた。
「江田さんと仲よくなったみたいですね」
 仲よくってのとはちょっと違うかも。 事情を説明しようとして口を開けた紗都に構わず、杉本は話をどんどん続けた。
「あの子、なんとなく怪しいですよ。 生垣を刈るのに糸を張らないんです。 でもって、はみ出てる枝をチョンチョンと鋏で刈るだけ。 あんなの素人だってできます」
 素人なんだから。 そこも説明しようと口を開いたが、すぐ気付いて、ぴたっと閉じた。
――彼らが警備員だって知らされてないんだ。 那賀子さん、徹底的に秘密にしてるらしい――
 そうなると、勝手にしゃべるわけにはいかない。 ハケンの心得その三、依頼人のプライバシーに立ち入るべからず、なのだ。
 紗都が考えている間に、杉本は更に進んだ。
「向こうとこっちの片づけで、手が足りないんですよ。 かおるさんすみませんが、江田さんが何してるか、代わりに見てきてくれませんか?」


 願ってもない申し出だ。 江田が部屋を出ていってから心細くて仕方がなかったので、紗都は兎のようにピョンと飛び立って、頷いた。
「はい、喜んで」
 すると杉本は、窓まで紗都を連れていって右側を指差した。
「あの小道を行くと近道です。 道具小屋の後ろに出るから人目につかないしね、よく観察できますよ」
「はい」
 バッグを掴むと、紗都はうきうきと廊下に歩み出した。






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背景:風と樹と空と
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