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表紙

薫る春  21


「あの、奥さんはもう起きてらっしゃいますか?」
 江田がさりげなく尋ねた。 杉本はニコニコしながら、たった今出てきた居間のほうを手で示した。
「ええ、あちらで朝食を取っておいでです。 かおるさんも一緒に召し上がります?」
「あ、はい、あの」
「奥様はトーストにスクランブルエッグにシーザーサラダですが、かおるさんは?」
「あ、じゃトーストと卵を……」
「わかりました。 すぐお持ちします」
 手にした盆を持ち直すと、サーッと杉本は廊下を歩き去っていった。


 とたんに紗都は、江田の手を探ってしっかり掴んでしまった。 彼に触れていると落ち着く。 なんでかわからないけど。
「一緒に来て」
「あの部屋まで?」
 江田はたじろいだ。
「俺は部外者だし」
「ガードマンでしょ? ガードしてよ、頼む!」
「でもな」
「行こう!」
 言い合いをしていても埒があかない。 紗都は実力行使に出た。 さっさと江田の手を引っ張って、渡り廊下を歩き、居間のドアをノックした。
「どうぞ」
 那賀子夫人の華やかな声がした。


「失礼します」
 小声で挨拶して、二人で中へ入ると、那賀子は純白のティーカップを持ったまま顔を上げた。
「おはよう。 あら、江田くんも?」
 夫人の目が、がっちりと繋がれた手に釘付けになった。 江田は落ち着かない風だったが、紗都は指に力を入れて放さなかった。
「おはようございます。 あの、お……じゃない、那賀子さん」
「はい?」
「私、ゆうべ襲われたんです!」
 緊張のあまりかすれた声で、紗都は一気に言い切った。


 那賀子夫人はカップを下ろし、あっけに取られた表情で、前に立つ若い二人を凝視した。
「襲われた?」
「あ、いや、俺じゃないです」
 焦って、江田が言い訳した。 とたんに那賀子がプーッと噴き出した。
「当たり前ですよ。 それなら手繋いで来たりしないでしょう」










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背景:風と樹と空と
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