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薫る春
20
――西関東防犯・第二分室統括・溝口丈彦〔みぞぐち たけひこ〕――
業務用の名刺をしげしげと観察してから、紗都は目の前にいる二人の男をもう一度眺めた。
「ガードマンさん、ですか?」
「そうです」
溝口がきっちり答えた。
江田のほうは、どこか困ったような顔をしていた。 まだ打ち明けるのは早すぎると思ったのだろう。
溝口は、きびきびと話を進めた。
「包丁がささってたって、奥さんに報告しましたか?」
「あ、いえ……」
紗都が困っていると、江田が溝口を脇へ連れていって、小声で説明し始めた。
二人だけでひそひそやっているので、やることがなくなった紗都は、二人をチラチラ見ながら名刺をバッグにしまい込んだ。
――なに内緒話してるんだろう。 私に聞かれちゃ困るんかな。 江田さん、ほんとは私を信じてないとか――
そう思いつくと、落ち着かなくなった。 何しろ凶器(?)はきれいさっぱり消えてしまっていて、証拠は全然ないのだから。
紗都の不安は考え過ぎだったらしい。 やがて溝口は、納得した顔で戻ってきた。
「危険な状況ですね。 実行犯はなかなかずる賢い。 わたしから奥さんに報告して、重点的にかおるさんをガードします。 ですから、さりげなく奥さんを連れてきてもらえませんか? 他のお客さんにはわからないように」
「あーっと」
紗都はバッグの携帯を覗いた。
七時四十九分。 もう那賀子夫人は起きているだろう。
「はい、行ってきます。 ただ……」
「ただ?」
「家に入るのが怖いんで、江田さんに来てもらっても?」
溝口は軽く笑顔になった。
「どうぞ。 やっぱり若いヤツのほうがいいですよね」
「あ、いや」
当惑して、紗都は急いでバッグを持ち上げた。
渡り廊下から上がろうとしていると、離れの居間から家政婦の杉本が出てきて、二人を見て驚いた。
「まあ、もう外出を?」
「ええと、あの」
言い訳を考えていなかった紗都がしどろもどろになるのを、江田がうまくカバーした。
「早く起きたから、花壇を見に来たんですって。 俺が少し案内してたんです」
「そうですか。 広くて、いいお庭でしょう?」
杉本は上機嫌になって、自分のものみたいに自慢した。
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風と樹と空と
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