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薫る春
17
紗都は、しばらく布団を見続けていた。
そのうち、脳がしびれてきた。
――そんなはずない。 確かにここに、先の尖った包丁がブスッとささってた――
でも、目の前には何もない。 かわいい布団セットが置かれているだけだ。
頭のもやが次第に晴れてくると、紗都は慌てはじめた。
――やだ、なかったものが見えたってこと? 妄想? ちが〜う!
冗談じゃないよ。 私はそんな、デリケートな人じゃないんだから。 早寝・早食い・早○なんだから〜!――
こういうことを考える時点で、もう平常心を失っているわけだが、紗都はやっきになって、首をかしげている江田にわかってもらおうとした。
「嘘じゃないって! 寝ぼけてたんでもない! ちゃんと起きてたんだから。 ほ、ほんとにあそこへ包丁が……」
「待って」
小声で遮ると、江田は室内に入り、顎に手を当てて布団を観察した。
それから、掛け布団を、ついで敷布団をめくってみて、また下ろした。
「なんか変?」
紗都がおそるおそる訊いた。 すると、江田はあっさりうなずいた。
「うん」
「そう」
勢いで答えた後、紗都はびくんとなった。
うん?
やっぱ変なのか!
「どこが?」
「敷き方。 この布団の」
戻ってきながら、江田は指を左右に動かして、向きを確かめた。
「こっちが南なんだよな。 ほら見て。 この布団、北向きになってる」
ああ、北枕か。 たしか死んだ人を寝かせるときに、そうするんだっけか――また紗都の背筋がゾォツと冷たくなった。
和室から出て、江田は襖を静かに閉めた。
表情が、いつになく真面目になっていた。
「家政婦の杉本さんはしっかりしてるから、こんな失礼な敷き方をする筈ない。 やっぱおかしいよ。 誰かが君を脅かそうとしてるんじゃない?」
そうだそうだ! そうに違いない!!
わかってくれる人を見つけて、紗都はほっとして目の前が真っ白になった。 続いて涙が溢れてきて、すぐ隣りに立っている江田にガバッと抱きついてしまった。
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