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表紙

薫る春  16


 江田は、片腕で紗都を支え、もう片手で髪を掻きあげて、少し考えた。
 それから、元気な声で提案した。
「ともかく、現場を見てみよう」
 現場……? 焦りまくって、紗都は相手の肘にすがりついた。
「やだー! あんな危険なとこ」
「警察に言うにしろ、ここの奥さんに話すにしろ、ちゃんと状況を把握しておかないと、説明できないじゃんか」
「でも……」
「俺が一緒に行くからさ。 ケータイで証拠写真撮っとこうぜ」
 面白がってないか、コイツ――なんか彼の口調に納得いかない紗都だったが、それでも一人にされるのはもっと怖かった。


 場所的に近いのが渡り廊下だったので、二人は築山を越えて歩いていって、そっと靴を脱いで上がった。
 立派な廊下は、二人がコソコソ歩いても音一つ立てなかった。 この場にいないみたいで現実感がないなーと、紗都は思った。 幽霊が板の上をスーッと移動してるみたいだ。
 間もなく、シールを貼った柱に到着した。
「ここ」
 ささやき声で合図すると、江田は襖の引き手に指をかけ、気合を入れて、バッと開いた。


 紗都は彼の後ろにちぢまって、目をつぶっていた。 見たくない、見たくない。 誰かに突き刺されるところだったなんて、絶対に思いたくない!
 隙間から頭を入れて中を見ていた江田が、ゆっくりまっすぐの姿勢に戻った。
 拍子抜けした声が言った。
「ほんとにここ?」

 紗都はパチッと目を開けた。 どういう意味だ? 急いで柱を確認した。
「うん、絶対!」
「なんともないよ。 布団が敷いてあるだけ」




 え……えー〜〜〜!!



 紗都は江田の胴を押しのけるようにして、顔を突っ込んだ。 もう怖いとか何とか言っている場合ではなかった。

 そして、見た。 ピンクの花模様の掛け布団が、きちんと敷布団に重なっている姿を。
 まるっきり乱れてないし、穴もあいていない。 もちろん包丁なんて影も形もない。


 平和そのものだった。











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背景:風と樹と空と
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