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薫る春
13
もしかして、と、すぐ思いついた。 やっぱり寝る部屋を間違えたのだ。
同じような和室が八つも九つも並んでいるのだから、無理ない。 廊下の照明は暗いうえに、めちゃくちゃ眠かったし。
う〜んと伸びをすると、頭がズキンと痛んだ。 とりあえず、自分の部屋を見つけて着替える必要がある。 今何時だろう。 横に転がっていたポシェットを開けて携帯を覗いた。 奥の窓から射し込む光で見ると、朝の六時二十三分だった。
そっと襖を開けて、廊下に足を踏み出した。 もうだいぶ明るい。 きょろきょろ柱を見ながら行くと、ひとつ手前の部屋にシールが貼ってあった。
「なんだ、ここじゃん。 行き過ぎたんだ」
独り言を呟いて、襖を開けた。
とたんに、足がピタッと止まった。
そこは、今まで寝ていた部屋とほぼ同じ大きさ、同じ作りだった。 ただ、奥のほうに布団が一組敷いてあるのと、床の間ちかくに紗都の荷物がまとめて置かれているのが違うだけだ。
その布団に、異変が起きていた。 妙にしわくちゃだ。 ピンクの花模様つきの掛け布団が、とぐろを巻いたようによれている。 しかも、真ん中に何かが直角に立っていた。
紗都は爪先立ちで近寄っていき、その何かがキランと光るのを見た。 キランって……。 え? もしかして、刃物?
顎がガクガクッと揺れた。 まるで入れ歯のように、歯がカチカチ鳴った。
布団は、ざっくり切り裂かれていた。 何度も何度も突き刺した痕がある。 もし昨夜、紗都がそこに寝ていたら……!
うぎゃー!!
叫んだつもりだが、声は出なかった。 喉が渇ききって、声帯が動かない。
紗都は、空中を泳ぐような体勢で床の間まで行き、震える手で荷物と服をかき集め、廊下に這い出した。 それから必死に元の部屋へ入り込み、襖を閉め切った。
殺されかけた。
誰かが殺そうとした。
ここの誰かが、私を刺し殺そうとした!
ガッタガタに震えながらも、紗都は自動的に素早く着替えを始めていた。 派手なツーピースを脱ぎ捨て、来たときの服装に替えている間、頭が勝手に動いた。
――計画的だ。 誰かが私に眠り薬を飲ませたんだ。 そうでなきゃ、あんな急に眠くなるわけがない――
上着に腕を通しながら、紗都は更に考えた。
――ワインか。 それとも料理か。 薬を入れるチャンスがあったのは、ええと……?――
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風と樹と空と
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